「明治から150年、人々のさまざまな努力、作り上げてきた技術があって今があると思います。環境問題などの課題も多々ありますが、新しい技術の発明、発見でこれも解決できるようになるかもしれません。技術とは人が作り込み、人が作っていくものであることをお伝えしたい」
そう話すのは、東京・上野公園内にある国立科学博物館の理工学研究部科学技術グループ長・前島正裕氏。特別展『明治150年記念 日本を変えた千の技術博』で、総合監修を務めている。
明治から大正、昭和、平成に至るまで、日本の社会や暮らしを変えてきた600点を超える貴重な科学・技術遺産が集められた同展。とはいえ、この手のむずかしい展示が苦手な人も多いはず。そこで週刊女性の目についた、おもしろい、興味深い、そして懐かしい逸品を紹介したい!
天皇陛下に献上したエジソンの蓄音機も
入場してまもなく目を引いたのは、武骨な鉄格子で覆われた狭い部屋。中からマネキンが恨めしそうな表情でこちらを見ている。プリズン!
明治に開設された網走監獄の独居房か、と思ったら、明治34年に日本生命保険本店に設置された、国内3号目の最古級の乗用エレベーターだった。囚人に見えた主は、当時の制服を着たエレベーターボーイでした。ごめん、ボーイ。
ちなみに第1号エレベーターが設置された、浅草・凌雲閣の開館日である11月10日は「エレベーターの日」。この日は全国の百貨店で働くボーイ、ガールもとくに忙しくなる、のかは定かではない。
「壊したら大変!」と、間違いなく素人でもわかるのが、明治23年に世界の発明王・エジソンが、明治天皇に献上した蝋管(ろうかん)蓄音機、通称『エジソン クラスM蓄音機』。「発明家トーマス・A・エジソンから天皇陛下へ、敬意を表して」と記された、金色の銘板がホンモノ感を醸し出す。
「他社が完成させた蓄音機にライバル心を燃やしたエジソンは、不眠不休で自身の蓄音機を改良して、『クラスM蓄音機』を完成させたのです。彼は世界中の皇帝にプレゼントし、天皇にも届けられました」(前島氏、以下同)
つまり、エジソンは「自分の蓄音機のほうが上!」とアピールしたかった!?
一方で、国民の生活を一変させた「家庭電化」コーナーは身近に思える。大正から昭和にかけてストーブ、アイロン、こたつ、あんか(寝床用の暖房器具)などなど、こぞって「何でも電化」が大流行。まさに“電気祭り”だ。
そして昭和初期には冷蔵庫や洗濯機、掃除機に自動式電気釜など、いわゆる“白物家電”も次々と開発される。官民挙げて「生活改善」ムーブメントを起こし、電化製品の利用を推奨したのだという。が、例えば昭和5年に販売された冷蔵庫は720円で、当時の平均年収を上回るとされる。「三種の神器」として世間一般に広まったのは戦後、20年以上も後のこと。とても庶民的ではなかったようで。