その報(しら)せは瞬時に臨時ニュースとして伝えられ、ちょうど朝のワイドショー放送に重なったため、その後、昼のワイドショーまでもその話題でもちきりに。
夕方から夜のニュース番組でもトップで伝えられていた。横綱の引退がここまで大ニュースとなるのは、相撲人気の高さの表れでもあるだろう。
しかし、その伝え方に違和感を抱いた人たちが大勢いる。
日本出身ではなく、茨城県牛久市出身の横綱だ
どの番組もそろって「日本人横綱の引退」「19年ぶり日本出身横綱の引退」と、ことさら日本、日本、日本を連発したのだ。
これには稀勢の里ファンたちも困惑。稀勢の里がまるで日本人であることだけが美徳であり魅力であるかのような、さらに昨今多い、日本万歳的なテレビ番組作りの流れに沿ったような伝え方に気持ち悪さを感じている人が多く、コラムニストの小田嶋隆さんや作家の北大路公子さんらも、そのことについてツイートしていた。
確かに大相撲において「出身地」は常についてまわるもの。力士が土俵に上がるたび、場内アナウンスで出身地が読み上げられる。それは戦国~江戸時代、力士がそれぞれ各藩の大名のお抱えだったことに端を発する。
召し抱えられた力士は番付に大名家の国名を記し、藩の印をデザインした化粧まわしを巻いた。つまり力士は各藩の広告塔のような存在で、江戸時代の名力士・雷電は出生地は長野県だが、お抱えは松江藩だったので、松江の雷電と呼ばれた。
その伝統を受け継いで、昭和9年からは幕下以下も全員の出身地を番付表に記し、呼びあげられるようになった。
果たしてその伝統に従うならば、稀勢の里は日本出身の横綱ではなく、茨城県牛久市出身の横綱と呼ぶのが正しい。日本の国技と称される大相撲の伝統を大切にするのならば、日本出身などと呼ばず、正しく茨城県牛久市出身の横綱と呼ぶべきではないか?
しかも、出身県のみならず、取組前には出身市区町村まで呼びあげる大相撲の習わしは、深く郷土愛と結びついて相撲人気を支えてきた。
稀勢の里には常に茨城県牛久市の大応援団が国技館にやってくるし、御嶽海には長野県の大応援団が来る。毎年11月に行われる九州場所は「ご当所力士」として九州出身の力士たちへ、とてつもない声援が飛ぶ。
日本出身の呼称は、大相撲人気を長く支えてきた、そういう「ご当所」理念を全く理解してない呼び方じゃないか? と違和感しか抱けない。
大相撲は市区町村の小さなくくりのナショナリズムに支えられてきた。
それはサッカーチームの応援の仕方にも通じるだろうが、サッカーには国別の大会があっても、大相撲に国別のトーナメントなど存在しない。日本人、ましてや日本出身の、などと薄気味悪い呼び方をする必要はないのだ。
そのくくりで言えば、白鵬はウランバートル出身で、逸ノ城はアルハンガイ県出身、栃ノ心はムツケタ出身で、碧山はヤンボル出身だ。伝統とその概念に従えば、国技館を時々覆う国籍差別やヘイト・コールなど雲散霧消するのだ。