心のケアには安全の確保が前提となる。
「仮設住宅に移り住む夏休みまではできませんでした。名取市は福島第一原発事故の避難先でもありましたが、原発事故は進行形で、まだ過去になっていません。ですから(原発避難者の心のケアは)難しい」
「トラウマと共存するのです」
桑山さんが行ったケアは、津波のことを語り、表現するという方法だ。トラウマ体験と向き合うことで、語り部になる人もいる。
「大人はつらい出来事の解決を先送りにしようとします。私たちがするケアで、“寝た子を起こすな”“余計なことをするな”と言われてしまうことがありました。しかし、しゃべりたいのは本能です。大切な人の死などのつらい体験を話すことで、それと向き合い、ともに生きる術を身につけていく。
ただし、“向き合う”とは“乗り越える”こととは違います。死を乗り越えるのは無理です。トラウマと共存するのです」
子どもの場合、被災体験を大人のようにはうまく言語化できない。まずは絵画や粘土などの遊びを通して表現できるよう働きかける。さらに桑山さんは、東日本大震災で被災した子どもたちと映画づくりも行っている。
『ふしぎな石〜閖上の海』という作品で、集めた石から、津波で亡くなった人の声が聴こえるというストーリー。主人公は震災当時、小学校1年生だった南部陽向さんだ。
「実際に被災した子どもがフィクションを演じます。閖上の海に何度も行きました。津波は命を奪ったものです。それと向き合うことで、最初は嫌な気持ちがあったと思います。でも撮影を通じて、津波にあったからこそ気がついた思いもあるとわかっていきました」
トラウマと向き合えないままなら、どうなるのか。
「お風呂で溺れる、下水道管に吸い込まれるなど、悪夢や嫌な夢を見ることがあります。仕事にやる気がなくなり、眠れなくなったりするのです。被災から10年以上を経て見た夢の場合、トラウマとしては深刻で、放置したら消えません」
'16年の熊本地震でも、桑山さんは子どもたちへ心のケアを行っている。
「絵画や粘土遊びを通して、被災した日の出来事を話してもらいました。そして、被災した場所を実際に訪れて、震災当日の体験を再現するなどして、記憶の埋め直しを行ったのです。こうした取り組みは専門家の私でなくてもできます。例えば、家から避難所までをたどることでもいいのです」