規模が小さいから非常時に復活できる
市の出店者は実にさまざまだ。たとえば、宮城県内の市で知り合ったある夫婦は、山形や福島の市まで足を延ばす。
「東北各地で開催周期の異なる市が行われていて、このご夫婦はそれらの市を回って商売をしています。私はあえて電話番号を聞かなかったんですが、次にどの市に出るかを知っていれば確実に会えるんです。会うと“また来たの?”と笑われますが(笑)」
2011年の東日本大震災の際には、被災地である気仙沼の朝市が1か月後に再開した。
「ここでやめてしまうと復活できないと、頑張って再開したそうです。無事だった人たちが市で再会し、連絡板のような役目を果たしました。
ほかにも閖上(ゆりあげ/宮城県名取市)の朝市が3週間後に復活しています。熊本県益城町でも'16年の地震のあと、2か月後に市が再開しています。
規模が小さいから、自主的な熱意で再開できる。非常時に強いんです」
いっぽう、鳥取県の湯梨浜町松崎で再興された「三八市」では、「地域の人も出店者も楽しめる市」をテーマにファッションショーやフリーマーケットを行っている。
「商品は昔と違っていても、人が集まる場をつくるという点で、これも市なんですね。時代に合わせて変化していくものだと思います」
それにしても、本書で紹介される「市に立つ」人たちのなんと生き生きとしていることか。働き方が問われている時代に、彼らの姿はまぶしいほどだ。
「市で商売する人の価値基準はお金だけではありません。自分で工夫を重ねてお客さんとの付き合いを長く続けていくことを大事にしています。
お客さんたちとのやりとりなどから、新しいアイデアが生まれることもある。五感で仕事をする面白さを知っているのだと思います」
山本さんはあるとき、「市風に当たると1年中、風邪をひかない」という言い伝えを聞いたという。
「市という場に出ることで世間を知ることができるという意味があるのでしょうね。私自身も市で会った人生の先輩にさまざまなことを教えてもらい、お手本になりました。きっと、市風に当たって成長したんですね(笑)」
いまは、行商に携わる女性を調査しているという山本さん。市に通う日々はまだ続きそうだ。
ライターは見た! 著者の素顔
山本さんは市を調査するときに、つい自分でもいろいろ買ってしまうという。
「珍しい食材を見つけると、食べてみたくなります(笑)。でも、旅先だと生鮮食品は買えないので、豆や芋や味噌、つくだ煮のように日持ちのするものを買います。
高知の日曜市に行くと、野菜や果物を2箱分ぐらい買って自宅に送りますね。スーパーで買うより格段に日持ちします。市で買い物をすると、料理の仕方も教えてもらえますよ」
山本さんについて市を回りたくなった。
●やまもと・しの●1965年、鳥取県生まれ。旅の文化研究所研究主幹。定期市や行商に携わる人たちの生活誌、庶民の信仰や女性の旅などについて調査研究を行う。著書に『行商列車 〈カンカン部隊〉を追いかけて』『女の旅 幕末維新から明治期の11人』などがある
(取材・文/南陀楼綾繁)