新フンボルト入試は受験生が1次選考でお茶の水女子大学の教員が行う専門研究に関する授業を受け、そのレポートを提出。2次選考では文系受験生は大学図書館で与えられた課題の情報検索を行い、レポートを作成。それを基に集団で議論を行う。
理系受験生は実験室を使って独自の実験や分析を行い、その成果を発表する。思考力や表現力を重視した新しい入試制度だ。
「大学入試改革に合わせて、新フンボルト入試のような自ら学ぶことを時間をかけて判定する仕組みが他大学でも進めば、過去の詰め込み教育では対応できない探求型の学力育成として望ましい方向性が生まれます」
その一方で前川氏が危惧するのが、平成の後半に起きたいくつかの教育行政の変化だ。具体例のひとつが'07年から小中学校最高学年の生徒全員を対象に始まった国語、算数(数学)の『全国学力・学習状況調査』(通称・全国学力テスト)である。
「学習到達度を測るためいくつかの学校で抽出的にテストを行うのはかまいませんが、全国一斉実施は弊害が多いと感じます。実際、全国学力テストの点数を都道府県間、市区町村間あるいは学校間で競争する現象が起きています。なかにはテスト結果を校長の評定に反映するという自治体もあるほどです。
ペーパーテストでは学力の一部しか測れないにもかかわらず、テストの点数を競う部分だけが肥大化して教育現場がゆがめられつつあります」
道徳の教科化に警鐘
だが、それ以上に問題なのは、教育基本法改正や愛国心教育、道徳教科化など、教育への政治の介入を強くにおわせる政策にあると前川氏は指摘する。
そもそも安倍晋三首相は従来から“戦後レジーム(体制)からの脱却”を掲げ、教育基本法について「日本人として生まれたことに誇りを持つべき内容が欠落している」と指摘していた。
そのため'06年、第1次安倍政権で、学校教育を通じて日本国憲法を国民に根づかせるためにあった教育基本法を改正。「わが国と郷土を愛する態度を養う」という教育目標を加え、愛国心を根づかせるものに変えた。
そして、'12年からの第2次安倍政権では、首相の私的諮問機関である『教育再生実行会議』が提言した道徳の教科化が、そのまま政策に移されている。
「例えば現在の政権中枢には、戦前の『教育勅語』の一部内容は普遍性があり、現在の教育にも取り入れるべきと堂々と主張する政治家がいます。
しかし、教育勅語の根底思想は、家は家長である父、家の集合体である国家は天皇を筆頭として忠孝を貴ぶもの。これは戦後の日本国憲法が目指した個人の尊重や第24条の家庭生活での男女の本質的平等に反します。この内容に現在も普遍性があるというのは、間違った考え方」