なかなか現状から抜け出せない中で、酒を飲みながら魔夜さんは「耐えていた」という。しかし芳実さん含め、家族にはそれがわからない。体調も心配だ。早く打開策を見つけたい家族と、耐え忍ぶ魔夜さんとの間には、微妙なすれ違いがあったのだろう。

 芳実さんは言う。

「気持ちは家族思いで優しいんですよ。自分の思う最大限をしてくれます。でも彼の世界観と、みんなの気持ちとすれ違ってしまうことがあるんですよね」

監督が胸を打たれた魔夜さんのひと言

 魔夜さんはひたすら耐えながら、作品を描く手を止めることはなかったと編集の岩切さんが明かす。

漫画家さんって、休むと戻れないことも多いんです。作品が作れなくて苦しいからといって休むと、なかなか元のようには描けないこともあります。でも魔夜先生はとにかく描き続けたんです。どんなに調子が悪くても、緊急入院されたとき以外はずっと涼しい顔でやり続けました。それが今につながっているなと思います。

 そのうえ、一時は見ていられないほど具合が悪そうだったのに、治療を始めてから猛烈に復活したので、それにも驚きました。半年くらいで、会うたびにどんどん元気になっていくんですよ

 大家が家賃を待ってくれたのも、最終的に浮上できたのも、すべていつもどおりに仕事をこなしていたからだろう。家族に八つ当たりをしなかったからこそ、また心をひとつにできたのだろう。魔夜さんは「運命」というが、復活には理由があったのだ。

 芳実さんは家族の危機をこう意味づける。

「一時は、今まで自分がやってきたことは間違いだったの? と思いました。でも膿を出しきったことで、新しい習慣を取り入れることができました。そういう時期だったのでしょうね」

「冬の時代」が終わったあとも、実はもうひと波乱あった。『パタリロ!』の舞台が大成功、実写映画化の話が決まった。しかし、その撮影が終了し、編集作業を進める中、2018年4月、出演者の不祥事が発覚する。

 公開は一時中止に追い込まれ、撮影スタッフのムードは最悪だった。そんな最中、現場にふらっと姿を見せた魔夜さんのひと言に、小林監督は胸を打たれたという。

「製作ストップになったときに、陣中見舞いに来てくれたんです。そこで頭を下げる僕に先生は、“いやぁこの映画はね、面白くなるよ”って言ったんですよ。こんな壊滅的な状況のときに面白いって言えるのにビックリというか。達観っていうと簡単な言葉に聞こえますけど、これが手本だなぁ、僕もこうなりたいなぁって、あのとき思いましたね」

 取材を受ける前、芳実さんが魔夜さんに「どこまで話していいか」と相談すると「全部話していい」と言ってくれたという。信頼関係がなければ言えない言葉だ。いや、そもそも「他人に興味がない」という魔夜さんのことだ。誰のことも否定しないのだろう。魔夜さんは「愛が大事」という。それが自分の生み出す作品のテーマであるとも。そういう姿勢だったから、逆境のときに周囲が手を差しのべてくれたのだ。

 2018年、ひとつの目標だった『パタリロ!』100巻が刊行された。次は200巻刊行を目指す。それまで淡々と作業を続けるだけだ。

長年渋っていた魔夜さんも44歳でバレエを始めて家族共通の趣味に。(左から)魔夜さん、芳実さん、マリエさん 撮影/伊藤和幸
長年渋っていた魔夜さんも44歳でバレエを始めて家族共通の趣味に。(左から)魔夜さん、芳実さん、マリエさん 撮影/伊藤和幸
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取材・文/和久井香菜子(わくい かなこ) 編集・ライター、少女マンガ評論家。大学では「少女漫画の女性像」をテーマに論文を執筆し、少女マンガが女性の生き方、考え方と深く関わることを知る。著書に『少女マンガで読み解く乙女心のツボ』など。視覚障害者によるテープ起こし事業『ブラインドライターズ』代表も務める