タイトルへの強い思い
敦子は若いころに5人組のアイドルグループ「ダッフルコーツ」に夢中になっており、息子の反抗期を機にファン熱が再燃する。
「私は一時期、友人と某アイドルグループのファンクラブに入会していて、コンサートにも足を運んでいたので、その経験を活かしました」
顔のホクロにコンプレックスを抱く主人公の晴希と幼なじみの七夏のほのかな恋愛を描いた『君の線、僕の点』は奥田さんが特に気に入っている作品のひとつなのだそうだ。
「ちょっと気弱な男の子と幼なじみの胸キュンを書くことができて、楽しかったです。それに、ホクロの除去手術を受けている人って意外と身近にいるものなんですよね。でも、ホクロがなくなったことに誰も気づかなくて、“私、ホクロを取ったんです”って、コンプレックスを自ら申告してしまうらしくて。その混沌とした様子を書きたいとも思いました」
奥田さん自身、自分の外見にコンプレックスがあるのだという。
「でも、容姿を気にすることからは卒業したいと思っているんです。少し前までは体重がちょっと増えるだけで落ち込んでいたのですが、健康に問題がなければそれって時間の無駄ですよね。体重もシワも白髪も“イヤなもの”ととらえてしまうと、この先の人生がつらくなるだけだと考えるようにしています。自分や誰かに、不要に厳しい視線を向けてしまうことにつながるような価値観は持たないほうがいいと、日々、自分に言い聞かせています」
タイトルの『魔法がとけたあとも』にも、奥田さんの思いが込められている。
「例えば、疲れないとか寝なくても大丈夫とか、“若さって魔法だったんだな”と30代になってから思うようになりました。でも、魔法がとけたあとの人生のほうが長いうえに、お金の問題とか、親の介護とか、自分の健康とか、現実はどんどんシビアになっていきます。それでも人は楽しく生きていけるはず。そうした思いを込めて、このタイトルをつけました」
ライターは見た!著者の素顔
前回の取材時に幼稚園生だった娘さんは、現在、小学2年生。奥田さんは最近、小学校の読み聞かせサークルでの活動を始めたそうです。
「読書のおもしろさをひとりでもいいから伝えられたらと思ってサークルに入会したんです。先日、娘のクラスで初めて読み聞かせをしました。選んだ本は長新太さんの『ぼくはイスです』。子どもたちが物語の世界に惹き込まれていく様子を目の当たりにして、私自身、読書の楽しさをあらためて実感しました」
●おくだ・あきこ●1983年愛知県生まれ。愛知大学哲学科卒業、2013年『左目に映る星』で第37回すばる文学賞を受賞。その他の著書に『透明人間は204号室の夢を見る』、『ファミリー・レス』、『五つ星をつけてよ』、『リバース&リバース』、『青春のジョーカー』がある(取材・文/熊谷あづさ)