壁のない社会へーー
'16年4月、競技と仕事の両立に理解を示してくれた商船三井に入社する。'17年1月には車いすラグビー連盟から日本代表の申し出があり、同3月、カナダで開かれた大会で代表デビューした。それからの活躍は前述のとおりだ。
BLITZのトレーナーを務める、理学療法士の加藤翼さん(28)は、いつも近くで倉橋さんの頑張りを見ている人だ。
「自分でやれることは自分でやると貫き通しているのは、いい意味で意地っ張りだからかなと思います。口にしたってしかたないような愚痴をお互いに言い合うこともありますよ。でも、それでスッキリするので。来年に向けていろんな人の力も借りながら、できる限り彼女をサポートしていきたいと思っています」
ときとしてアスリートはケガや故障をともなうが、前出の上司、安藤さんは倉橋さんの身体を気遣いこう話す。
「試合に出られなかったりすると、彼女はせっかく応援してもらっているのに申し訳ないと思うようです。でも、そういうときは焦らずにきちんと身体を休めてほしいと思うんです。
彼女がパラリンピックに集中している今、言うことではないですが、入り口はアスリートというかたちで採用しましたけど、あくまで倉橋という人間を採用したので。例えばもし車いすラグビーを引退して、別の人生を歩みたいということになったとしたら、そのときはそれに沿った仕事の場を提供したいと思っています。彼女の場合、企業人としてとか指導者としてとかいろんな生き方が考えられると思いますから」
東京パラリンピック開幕まで1年を切った。カウントダウンセレモニーが催され、機運が高まる一方で、障害者スポーツを取り巻く環境整備はまだ十分とはいえない。
「チームメートが練習場所を探してくれるんですが、車いす競技は床にキズがつくという理由で断られることが多いんです。実際にはキズはあまりつかなくて、タイヤの跡はつきますが、それはふいたらきれいになります」
昨年から東京都品川区にパラリンピック競技の強化を目的としたパラアリーナがオープンしたが、'20年までの限定的なものだという。倉橋さんは健常者でも使いやすい仕様になっているので、同様の施設が増えればいいと話す。
「みなさんこうしたらいいでしょう! なんて、自分から何か発信するということは考えてないです。私はただラグビーが楽しくてやってるだけなので、一生懸命な姿を見て、元気が出る人がいてくれたらうれしいです。そうして来年に向けてパラスポーツ全体が盛り上がって、'20年以降もそれが続いていったらいいと思っています」
ひいては障害者と健常者がお互いに壁をつくらず生活をともにする社会になっていけばいいとも。
「障害とか健常とか関係なく気軽にと思うんですけど、実際、私が健常者で、車いすの人を見かけたとき、声をかけるかといったらわからないし。自分に本当に余裕があるときに、ひとりの人として普通に接してもらえたらいいと思うんです。
声をかけてくれる人って、何か手伝いますか? と聞いて、大丈夫ですと言ったら、サーッと去っていくみたいな感じなんで。そういう人はたぶん車いすとか関係なしにただ気になって声をかけてくれてるんだと思うと、そういうのこそが壁がない状態なのかなと感じています」
「自分の好きなように生きられたら後悔はしない」と貫いてきた倉橋さんの進む道。その先に広がるのは、障害の有無にとらわれないノーサイドの世界。それは東京2020から続いてゆく。
取材・文/森きわこ(もりきわこ)ライター。東京都出身。人物取材、ドキュメンタリーを中心に各種メディアで執筆。13年間の専業主婦生活の後、コンサルティング会社などで働く。社会人2人の母。好きな言葉は、「やり直しのきく人生」