アナタが生きてるだけでワタシは
この20年間、私たちはいろいろなものを乗り越えてきた。私の浪費癖による経済的危機はしょっちゅうだったし、私がホストやウリセンとの恋愛にハマって夫を心配させたことも1度ならずあった。どちらかといえば私のほうが迷惑かけまくりだったが、それでも夫は「あなたはそんなふうにしか生きられない人だから」と受け入れてくれた。
特に数年前、私が大病して身体が不自由になってからは、献身的に介護してくれる夫に心から感動した。
こんなダメ妻なのになんでここまでしてくれるんだろうと不思議に思い、あるとき聞いてみたことがある。
「ねえ、あんた、なんでここまでしてくれるの? 私なんかあんたに迷惑かけるばかりで何もしてあげられないのに」
すると夫はこう答えた。
「アナタは自分で気づいてないと思うけど、今までずっとワタシをたくさん助けてくれてたの。だからワタシはアナタの世話ができてうれしいの」
「でも車椅子だしウンコ垂れ流しの妻だよ」
「いいの。アナタが生きてるだけでワタシは幸せなの」
そんな言葉を誰かに言ってもらえるなんて思いもよらなかった。私は自分のためにしか生きてこなかった人並みはずれたエゴイストである。夫のためにも誰のためにも生きてこなかった。そんな人間に「生きてるだけでいい」なんて言ってもらえる資格があるだろうか?
でも、私もまた、夫が生きてくれてるだけで幸せだといつしか思うようになっていた。たとえ私が死んでもこの人だけは幸せに生きていってほしいなぁ、と心から願っている。そこにはもちろん感謝や贖罪も含まれるが、それだけではなく、自分より大事な存在だからだ。
たぶん、この説明し難い「情愛」こそが夫婦愛なんだと思う。私たちは紛れもなく「夫婦」であり「家族」なのだ。
(文/中村うさぎ)
中村うさぎ ●1958年、福岡県生まれ。同志社大学文学部英文科卒。OL、コピーライターを経て、ジュニア小説デビュー作『ゴクドーくん漫遊記』がベストセラーに。その後、壮絶な買い物依存症の日々を赤裸々に描いた『ショッピングの女王』がブレイク。著書に『女という病』『私という病』『うさぎとマツコの往復書簡』など。