夫が長男の親権を要求
どうすれば断念させられるか?

 最初の難関である離婚の可否はあっさり通過したのですが、第二の難関は親権です。親権とは離婚後、子どもを引き取って育てる権利であって、義務でもあります。千穂さんはまさか夫が親権を求めてくるとは思っておらず、完全に予想外の展開でした。「奈々(娘)はお前にくれてやる! そのかわりに義人(息子)をこっちによこせ! 義人は恩田家の跡取りなんだから。これで公平だろ?」と要求してきたのです。

 司法統計(平成28年度)によると、離婚調停・審判で離婚に至った夫婦の中で母親が親権を持つケースは9割に達しています。統計上から千穂さんのほうが圧倒的に有利であり、もし親権の所在について争っても、夫には勝ち目はほとんどないにもかかわらずです。どうすれば夫に親権を断念させることができるでしょうか?

 千穂さんは以下の4点に話を絞って進めました。

 まず第一に「跡取りの可否」です。未成年の子は必ずしも親権者の戸籍に入るというわけではありません。現在、千穂さん、娘さん、息子さんの3名は夫の戸籍に入っており、千穂さんは離婚と同時に、娘さんは離縁と同時に新戸籍へ移ります。一方、息子さんは千穂さんが何もしなければ夫の戸籍に残ったままです。そこで千穂さんは「私が親権を持っても、あなた(夫)の戸籍に残すことを約束します。義人はこれからも恩田姓を名乗り続けるんだから、跡取りでしょ?」と夫に伝えてくれるよう調停委員に頼んだのです。もちろん、息子さんの気持ちが最優先なので、息子さんが成人に達し、千穂さんの親権が消え、自分で物事を判断できるようになった時点で恩田家を継ぎたいかどうかを確認することになるでしょう。

 第二に「環境の変化」です。家事や育児、子どもの看病などは専業主婦である千穂さんがすべて担ってきました。夫が千穂さんの代わりになるかどうかはともかく、育児の担当が妻から夫へ代われば息子さんが動揺するに違いありません。離婚の前と後で環境を変えないことが息子さんのためなのです。

 そして第三は「育児の能力」です。もし夫が親権を持った場合、息子さんをどう育てるのか。夫の母親を呼び寄せるのか、実家に預けるのか、24時間制の保育所を利用するのかわかりませんが、いずれにしても息子さんの生活、住居、教育環境がいま現在と比べ、まるっきり変わってしまいます。そのため、夫が親権を持つことは息子さんのためにならないのです。今さら「家事や育児、看病を引き受ける」と言い出しても信用するに値しないでしょう。千穂さんは「今まで何にもしたことがないのに、義人を育てるなんて無理でしょ?」と夫に伝えてほしいと調停委員に話したのです。最悪の場合、夫が息子さんを育児放棄──教育やしつけをせず、食事を与えず、あげくの果てには外で遊び歩いて家に帰らない可能性も十分にあります。

 最後に「虐待の過去」ですが、夫は過去に4回もDVを起こしています。夫は「妻のせいだ」「売り言葉に買い言葉だ」「言ってわからないから懲らしめた」などと責任を転嫁し続けましたが、キレやすい性格や攻撃性、歪(ゆが)んだ価値観は離婚しても変わらないでしょう。千穂さんや娘さんは夫に対して服従し続けましたが、1歳の息子さんは物心がついていないので決して夫の言いなりではありません。今後、泣いて叫んで母親を求める息子さんに手を上げ、蹴り、最悪の場合、命を奪ってしまっても不思議ではありません。「今まで何をしてきたのかわかっているの? あなたに義人の命を預けるのは危険すぎます!」と千穂さんは調停委員を経由して夫へ伝えたのです。

 このように4つの視点で、どちらが親権者にふさわしいのかを説明し、最終的には夫に息子さんの親権をあきらめさせることに成功したそうです。