話を聞きながら私はシェルターと保護団体のリストを開いたままパソコンをそっと閉じました。
加害者は、夫ではなく、里美さん本人だったのです。
どのような暴言や暴力行為があるのか、具体的に聞いてみることにしました。
「この間は、寝ているところを思いっきり上から踏みつけました。あとは時々玄関にチェーンをして家から閉め出します」
「土下座して謝らせます。この間は土下座した夫の頭を蹴りました」
聞けば聞くほど重症です。
しかも「好き」という感情が「支配」や「怒り」に転換されてしまって本人も整理できずにいます。
「ご主人は抵抗しないんですか? ご主人から逆上されるとか、嫌われるとかの不安はないのでしょうか?」
「夫は優しいし男気が強いので、絶対女には手を出しません」
彼女の振るった暴力でアザだらけになっても、「男」だから誰にも言わない――というより、話せない。男は女より力があるから仕返しせずに耐えるしかない。そういったところでしょうか。
「里美さん、あのね、もちろん自覚されているから来てくださったんだと思うのですが、やはりね、夫婦といえど、暴力は犯罪なんです。暴力を振るってしまう前にいったん一呼吸おいて自分の心をコントロールしてみたりは試されましたか?」
「気がつくと大きな声を出してて、手も出してしまってるんです。突発的にキレてしまって、その後本気で死のうと思うほど落ち込みます」
そもそもなぜキレやすくなったのか
結論から言うと、きっかけは育児ノイローゼでした。
4年前に第一子が生まれてすぐ、ご主人も新店オープンなどで忙しく、家を空ける時間が多く、ほとんど育児参加できずにいました。里美さんは専業主婦なので、「すべて妻がやって当たり前」という感情もご主人にはあったのかもしれません。
里美さんのご両親は車で2時間ほどの隣の県にいるので、そう気軽に手伝いを頼める環境ではありませんでした。里美さんは初めての育児、3時間ごとに母乳で起こされる睡眠不足を淡々と1人でこなすしかなかったのです。
そんなある夏の日、寝不足と赤ちゃんの泣き声で精神的に追い詰められていった里美さんはついに発狂してしまい、扇風機を壁に向かって投げつけ、破損させてしまいました。
この頃から、寝ている夫のほっぺをつねる、ほっぺをたたいて起こすなど、少しずつ夫への暴言や暴力が加速していったと言います。
里美さんはもともとはおっとりしたタイプだったといいますから、人というのは環境によってどのようにでも変われてしまうのだと改めて感じました。