孤独感や喪失感も発症の要因に
前出・京子さんの初犯は60代前半のころ。きっかけは夫の死だった。
「私は主人にかわいそうなことをしてしまいました。好きになれなかったんです。それでも子ども2人を育て、主人は子煩悩でしたから子どもを可愛がっていました。家族でよく遊びにも出かけましたが、私は主人を好きじゃなかった」(京子さん、以下同)
夫とは、上司の紹介で知り合った職場結婚だった。だが、一緒に生活を始めると、食器選びひとつ取っても好みが合わない。価値観の相違から次第に夫との距離を感じた。そんな京子さんの気持ちを察してか、夫は単身赴任を続け、70歳を目前にしたある日、滞在先のアパートで病に倒れた。
「主人は一生懸命に働き、家を建ててくれましたが、単身赴任でほとんど家にいることはなかった。だから亡くなったとき、なんと申し訳ないことをしたんだろうと、鬱々した日々を送りました。私と結婚しなければもっといい人生を歩めたはずです」
竹村院長によれば、夫に先立たれた当時の京子さんは「夫の死によって軽いうつを発症し、それによって過剰な罪悪感が引き起こされていた」という。そんな状態が高じて、京子さんは新宿のデパートで最初の犯行に及ぶ。罪の意識はあるが、万引きをやめられず、自己嫌悪に陥った。
「私の人生は本当にだらしなく、いいかげんだったと思います。あんなにやさしい主人を大切にできなかった。自分勝手でプライドばかりが先行してしまいました」
一般にクレプトマニアの患者は、幼少期の生育環境や成人後の家族関係に何らかの問題を抱え、心の傷を負っていることが多い。
一昨年の秋に入院した恵さん(仮名=65)は、東北の貧しい家庭で育った。父親は靴店や雑貨店などの商売を手がけるも、ことごとく失敗し、鼻をつまみながら古米を食べた苦い思い出がある。恵さんが言う。
「家が貧しく、小さいときから欲しいって思うものも欲しいと言えなかった。友達の家に遊びに行っても“貧乏人とは付き合えない”と私だけ帰されました」
厳しい父親からは叱られてばかりで、口答えは一切許されなかった。学校の成績で褒められた記憶もない。そんな抑圧された幼少期を送ったため、他人に認められたいという承認欲求が人一倍、強くなったという。
恵さんは、30歳を前にして生まれ故郷を離れ、結婚のために上京した。そして間もなく、万引きに手を染めてしまう。
「義母から財布を預かって食材の買い出しに行っていました。最初は普通にお金を使っていましたが、消費が多いと思われたくなかったので万引きをしました。手にした喜びというよりは、経済的負担を軽くできたという安心感を覚えました」(恵さん、以下同)