「作家にとって、言葉は命。簡単にはいじってもらいたくないという思いがある。いい曲ならいい曲ほど、自分が愛してる曲なら、愛してる曲ほどあるんじゃないですか? 私だって、もし、『六本木心中』を誰かが英語で歌いたいと言ってきたとして、簡単に“いいですよ”とは言わないですよ。“長いまつ毛がヒワイね あなた”のニュアンスを英語にできるのか? どんな歌手が歌うのか? 厳しい目で見ますよ。ましてや『ボヘミアン・ラプソディ』は、作詞も作曲もフレディ・マーキュリー。彼がもう故人だけに、周囲はよけいに慎重じゃないですか?」
正式な許諾がやっと下りたのは、9月半ば。
「うれしかったですよ! 氷川君がいたからできたことだし、氷川君のためだからできたこと。でも喜んでいるひまはなく、すぐオーケストラのアレンジとコーラスを入れる作業が始まりました。本当によく間に合ったと思いますよ。いよいよ氷川君に歌ってもらうことができたのは12月2日でしたから」
すなわち、『きよしこの夜』本番の9日前!
「氷川君、苦しかったと思いますよ。例えば、ガリレオガリレオというオペラ仕立ての部分。あそこはコーラスとのたたみかけるような掛け合いです。レコーディングしてあるコーラスを使って歌ってみたところ、あまりにスカスカで。2人とも“うーん”という感じでしたから(笑)。だから、なるべく氷川君自身に歌わせるようにしました」
2人で譜面を見ながら話し合い、夜中まで仮レコーディングをしたという。
「とにかくその音源でメロディーだけはしっかり身体に入れ込みなさい。歌おうと思わず、演じてみて。自分の人生、死ぬか生きるかの瀬戸際まで追いつめられて、自分の母親に“ママ、ごめんなさい。僕が帰って来なくても生きて。生きてくれ!”と叫ぶ気持ちで演じ切ってみせてね」
別れ際、湯川さんは氷川にはそう伝えたという。
「それから彼、頑張ったんでしょう。毎日忙しくて、クタクタになって帰ってくるのに。死に物狂いで毎晩、練習したんでしょうね」
湯川さんは2日目の夜の公演を見に行くことになっていたが、1日目の公演後、酒井政利から電話がかかってきたという。南沙織をはじめ、フォーリーブスやキャンディーズ、山口百恵など、300人あまりのアイドルや音楽グループを送り出した“伝説のプロデューサー”だ。
「酒井さんは“『ボヘミアン・ラプソディ』、本当にすごかった、素晴らしかった。もう僕、泣いちゃいましたよ。あれはもう氷川君じゃない。別人格が歌っていた”と興奮ぎみにおっしゃってて」