彼夜逃げ屋と共に最初に向かったのは役所。そこで、「捜索願いを出さなくてもこの人は安全である」という手続きを夜逃げ屋が教えてくれた。その後向かったのは一時的なシェルターのアパートの1部屋だった。まずはそこに3日間ほど滞在した。その後はホテルに連泊し、そこそこ理解のある親戚に連絡を入れた。そして現在、その親戚が紹介してくれた職場で働いている。
縛られてばかりだった今までと打って変わっての生活。解放感に浸っているのではないかと尋ねるも……。
「正直、解放感よりも仕事に慣れなくて大変です。今までと全然違う職種なので。あとは人間関係です。女性が多い職場なので、女性とどう接していいのかわからなくて。今まで、人との接触、とくに女性との接触はダメだと父親に言われていたのに、突然女性の多い職場に投げ込まれたので、毎日必死です」
逃げたはいいが、この先も彼は家庭環境から発生した心の傷に苦しむのだろう。私はメンタルヘルス関連の取材の機会もあるため、安くセラピーを受けられるセミナーなども知っているので、もし何かあったら力になれるかもしれないと彼に伝えた。
「自分の中でカウンセリング=高額というのがもう染み付いているんです」
トラウマから極度の人間不信に
彼は頑なだった。また、今回の毒親脱出プログラムの資料が膨大にあり、それをこの記事の参考のために送付することもできるとのことだったので、私が住所を伝えようとすると「よく知らない人の住所を知ってしまうのはよくないので局留めでお願いします」と言われた。確かに、初対面の人に個人情報を教えようとした私もうかつだった。しかし、それ以上に彼は人間不信に陥っているように見えた。
取材が終わり、帰りは笠原さんと偶然途中まで同じ電車だった。その中でぽつりぽつり雑談をした。恋愛を禁止されてきた笠原さんだが結婚願望はあるらしい。婚活パーティーやマッチングアプリなど、「あれってどうなんでしょうね」といった話をお互いにした。友人のきょうだいは、有名なお見合いサイトに登録し、半年でゴールインした話なども伝えた。
今や毒親本は多く出版されている。家を出ても毒親がついてまわるので、時折親の小言に付き合い、うまくガス抜きをしている人もいる。毒親育ちで精神的に不安定になっている場合、笠原さんのように高額なビジネスに引っかかってしまうケースもある。
今回は、夜逃げ屋という意外な方法があったことが新たな発見だった。しかし、これは本来の用途ではないので最終手段である。まずは信頼できる人への相談や、悪質な高額ビジネスではない、メンタルクリニックに駐在しているカウンセラーへの相談を勧める。
姫野 桂(ひめの けい)◎フリーライター 1987年生まれ。宮崎市出身。日本女子大学文学部日本文学科卒。大学時代は出版社でアルバイトをしつつヴィジュアル系バンドの追っかけに明け暮れる。現在は週刊誌やWebなどで執筆中。専門は性、社会問題、生きづらさ。猫が好きすぎて愛玩動物飼養管理士2級を取得。趣味はサウナ。