90歳、気づけばひとりだけ

 次第にクレージーとしての活動はなくなり、犬塚は役者の仕事にのめり込んでいく。

「バンドのメンバーは別の仕事が増えたけど、私は性格的にお笑いができなかった。植木は映画の主役をやって、私はテレビのドラマで使ってもらうことに。

 ドラマの共演者が文学座とか俳優座に連れていってくれて、だんだんとそっちに傾いていきました。役者の勉強をしまくって、演出家には“バカ!”と怒鳴られながらも、私のことを育ててくれました。

 井上ひさしさんには、6年くらい可愛がってもらいました。バンドをやっていたから、ほかの役者よりもアドリブができた。それで使ってくれたんです

 現在の犬塚は、都内を離れ、避暑地・熱海のケアマンションでひっそりと暮らす。5年ほど前に妻が先立ち、子どもはいない。2年前、大林宣彦監督から連絡があった。

大林監督は私より10歳下ですが“ああしろ、こうしろ”とうるさい人なんです。突然、電話をかけてきて、“今から映画の撮影をする”と言う。

 監督は“映画館で映画を見るだけの役だから”なんて言うけど、台本を見たらセリフがドバッとある。でも、私は長ゼリフが得意だからやりました。リハーサルも入れて3日間で撮り終えました」

 これが4月に劇場公開される『海辺の映画館―キネマの玉手箱』。犬塚はこの作品を最後に引退表明をしている。

「クレージーにいたことは、私の誇りです。学があるやつが多かったし、みんないいやつでした。でも、やっぱり寂しい。

 特に植木と谷啓と桜井センリさんが亡くなったことがつらい。この3人は、酒が飲めなかったんです。だから、いろんな意見を言い合った仲でした。気づけばひとりだけ残っちゃいました。なんで私だけ残っているのでしょうか。でもね、全然90歳だなんて感じがしないんです」

 そう言って、今も日課の1時間の発声練習と、演劇で習ったベッドに腰かけての足踏み300回を続けている。