数々の著名人から慕われていた錠さん
「吉永小百合さんは見舞金として宍戸さんに100万円包んでくれたようですよ。高橋英樹さんは国産の新車を贈ってくれて、それを売って金にしたそう」(同)
ほかにも、日活の後輩・渡哲也がお見舞いに来たと週刊女性に語っていた。
《家が焼けた翌朝にさ、渡が金持ってきたの。こいつは偉いなと思ったよ。英樹にも助けられたし、みんながお見舞金くれたから、この1年は十分食えたよ。さすがに家は建てられないけどな、ハハッ。俺はいちばん優しい先輩で、あいつらには酒の飲み方から女の抱き方まで教えてやったよ、フッ》
大スターだけあり、慕われていたようだが、妻が他界した後はひとり暮らしになり、生活はすさんでいたという。
「自宅では台所で寝ていると言っていました。おしっこも台所でしていたらしいですね。奥さんが亡くなった寂しさもあって、女性への執着は増していました。50代の女性とイタリア旅行に行ったことも。お金は宍戸さんが払ったそうです」(宍戸さんの知人)
行きつけの焼き鳥店では、金を持たずにやってきて、居合わせた客におごってもらうこともあった。
「スターだったからプライドも高くて“ありがとう”も言わない。よく思っていないお客さんも少なくなかった。借金があったようですし、セリフが覚えられなかったから仕事がなく、お金は全然なかったんでしょう。売りに出した自宅の土地も買い手がついていません」(焼き鳥店店主)
それでもスターとしての振る舞いは健在で、バーには必ず若い女性を同伴。
「毎回、違う女でね。石原裕次郎さんのことは“アイツはすごい”と褒めていました。“裕次郎は遊びすぎだ”と言いつつも、裕次郎さんの曲を歌ったりね。開さんのことはお金のトラブルがあってから全否定していましたが、あるときから“アイツなりに頑張ってる”と話すようになりました」(バーの店主)
週刊女性のインタビューには、
《ほら、開なんかより俺のが立派だ》と記者に胸筋を触らせて息子と張り合う姿も見せていたが、最近は開が父親を訪ねる姿は目撃されていない。それでも、長男は可愛かったのだろう。だが、次男のことは許せなかったようだ。
「次男は母親の遺産4000万円ほどを持ち逃げしたから絶縁したと言っていました。あいつは金を持って逃げたんだと、しきりに話していましたよ」(飲食店従業員)
娘の紫しえは、父親の面倒をみていた。
「火事の後に住むようになったマンションの家賃10数万円はしえちゃんが払っていて、お金の管理はしえちゃんがしていたようですよ。宍戸さんのマネージャーも務めていましたが、娘とは一緒に住みたくないと話していたのを覚えています」(飲食店店員)
近隣ではうらぶれた姿が目撃されていた。