救急車が来て近所を騒がせたら申し訳ないと思い、多少、体調が悪くても遠慮して救急車を呼ぶことをためらう高齢者も多いのである。女性もそう考えたのかもしれない。だから何かあったときのために、かろうじて電話の近くに布団を敷いたのだろうと、上東さんは考えた。
家主はリスクの高い高齢者には貸したくない
上東氏が、布団を片づけながら、こういった築年数の古い風呂なしアパートの住人について解説してくれた。
「この手のアパートには、おおかた二種類の人が住んでいるんだ。高齢者か外国人だね。この隣人もやはり台湾の人だった。今の高齢者のおひとりさまは、築年数が新しくて日当たりのいい部屋にはなかなか入居できない現実があるんだ。家賃の問題や保証人の問題、家主が高齢者に部屋を貸すには、不安のほうが大きくなるんだよ。家主自身も年をとっていくはずなのに、物件を貸すのはビジネスだから、住人の高齢化にだけは敏感になってしまうんだよね」
物件を貸す側としては、部屋で死なれたら事故物件になってしまうし、改装費用も自腹となるケースもある。リスクの高い高齢者には貸したくないというわけだ。
この女性は子どももいないため、親族といえるのは姪(めい)っ子だけだったが、すでに他界していた。
「女性は人とのコミュニケーションが苦手だったんじゃないかな。人からお節介と避けられていたということは、もしかしたら承認欲求が満たされず、自分の存在に劣等感を持っていた可能性がある。だけど、他者からの愛を感じたかったかもしれない。相手を思いやる優しさが過剰になると、それを受けた相手は疲れてしまうよね」
孤独死する人は、生前から何らかの理由があって親族と疎遠だったケースが多い。この女性の場合も同様で、遺体を引き取る親族は誰も現れなかった。そのため、かろうじて接点のあった心優しい不動産屋の社長が引き取ることとなり、女性は荼毘(だび)に付されたという。
女性の死はまさに、無縁社会を体現した一例である。しかし、毎日のように日本で起こっているひとつのリアルな現実でもある。