思い出は自分に都合よく覚えている

 物語は横軸に白石さんが現在暮らす恋人・ことりとの生活が、縦軸に過去、あるいは現在、白石さんと時をともにした人々との記憶が描かれている。

 登場する人々はみな、少し欠けたところも併せ持つ魅力的な人たちだ。

「毎月の連載小説だったので、執筆中にパッと思いついた人を書いてきました。実は、登場した人たちのことを僕は深く知らないんです。というよりも、この人たちに限らず、人生の中で誰かのことを詳しく知った経験が僕にはありません。

 でも、人と人は何か一点でつながることがある。その関わり合いは、決して時間と比例するものではないと思っています

 娘ほどの年齢の女性と結婚をし、1児をもうけた男性弁護士、幾人かの会社員時代の個性的な先輩や同僚、取引先の人、時代小説家だった父親……深く関わった意識はないと言うが、小説家は、日常からこんな面白い人たちに囲まれているのか、と思う。

「そんなに近しい人ではなくても、ふとした瞬間に思い出の鍵が開いて、その人との時間がよみがえることがあります。でも、それは、実は自分に都合よく覚えている思い出

 魚にたとえると、お刺身じゃなくて干物なんです。とれた魚をある程度の時間干して、つまり加工して干物にする。僕たちが思い出すのは、自分に都合のいい干物の記憶。干物の蓄積が自分自身とも言えます」

 なるほど、確かに記憶は干物だ。しかし、白石さんの干物は、人より、うんとおいしくコクがある。