“毎日笑って暮らす? ケッ”とか思っていた
「登場人物の方から手紙やメールをいただくことがあります。昨日も、とある方から長いメールをもらいました。
世間的にいえば、かなり成功を収めたと思われるその人は『読んでいるうちにつらくなった。自分はなんてつまらない人生を送ってきたんだろう』と書いていました」
白石さんの周りの世間的に成功したかに見える多くの人が、人生の終盤、幸福でないように映るそうだ。
「年をとると、僕も含めて、自分の欲望を貫徹するために、人生で犠牲にしてきたものの大事さに気づくんです。本来なら一生かけて大事に築き上げていかなければいけなかった家族や友達をないがしろにしてきたことを悔やむ。
僕もいま一緒に暮らしている人とはとても仲がいいですが、かつて結婚には失敗している。一緒に暮らしている彼女の存在以外は、なんてつまらない人生だったんだろうと思っています」
まさに本のタイトル『君がいないと小説は書けない』そのままの言葉だ。
「つまり、馬齢(ばれい)を重ねないとわからないことがあるということ。若いときに考えたことは大したことがない。僕も若いころは“毎日笑って暮らす? ケッ”とか思っていましたけれど(笑)、実はそれがめちゃくちゃ大事で、めちゃくちゃ難しいと、やっとわかりました」
読み進めるうちに、ふと自分の人生を考える。そんな一冊だ。
ライターは見た!著者の素顔
お会いした瞬間に「どうぞよろしくお願いします」と優しく声をかけてくれた白石さん。質問に丁寧に答えてくださる姿はとても素敵でした。サービス精神が旺盛なのか、編集者時代に関わった政治家や小説家のお話までしていただいて、そのお話ひとつひとつが面白く、読者のみなさんにご紹介できないのが残念です。
『君がいないと小説は書けない』というストレートでいて余韻の残るタイトルについては、実は担当編集の女性からの提案だったとのこと。「彼女のコピーセンスを信じています」。ずっとお話を聞いていたい、そんな方でした。
(取材・文/池野佐知子)
しらいし・かずふみ 1958年、福岡県福岡市生まれ。週刊誌記者・文芸編集者を経て、2000年『一瞬の光』でデビュー以降、執筆を重ね、'09年『この胸に深々と突き刺さる矢を抜け』で第22回山本周五郎賞を、'10年『ほかならぬ人へ』で第142回直木賞を受賞。本作は27作目となる。父は小説家の白石一郎。直木賞は初の親子受賞となった。