俳優引退、そして新しい道へ
引退を決めたのは、まさにこの日のことだ。「あの瞬間まで、一切その気はなかった」という滝川さんだったが、のべ200人近いファンと顔を合わせて言葉を交わしたことで、心の奥底で感じていたわだかまりを吹っ切ることができたのだという。
「事故以来、たくさんの方から『復帰をいつまでも待っています』と温かい言葉と思いをかけてもらいました。そのたびに僕も『いつか絶対に復帰します!』と答えていました。でも、内心モヤモヤした迷いがあったことも事実です」
リハビリを続けているとはいえ、自身の状況がこの先どうなるかがなかなか見えない中で、「いつか」とあいまいな覚悟で保留し続けることは、人気俳優という過去の栄光にすがりついているだけではないのか? それでは本当の意味で前に進むことはできないのではないか……。人知れず、ひそかに悩み続けていたという。
「お渡し会でファンのみなさんの熱い思いを直接受け取って、ああ潮時だな……、と素直に思えた。ここでひと区切りつけようと決心がついたんです」
周囲からは「あえて俳優を辞めると言わなくても、そのままほかの活動をしたらよいのでは」という声も多かったが、きっぱりと線を引く。
「『俳優』という受け皿があることで、ある意味、甘えてしまう自分がいる。だから1度その肩書を取りはずして、切羽詰まった状態でがむしゃらに何ができるのかを探りたいんです。大学時代から20年近く芝居一筋でやってきて、逆に言えば、それ以外の景色を見ていない。自分でこの先をどうするかを考え動かないと、これ以上の〈人間・滝川英治〉としての成長はないと思いました」
退路を断つのが、常に前を向きたい滝川さんらしい。
「ただ、あともう1回だけ『俳優・滝川英治』を待ってくださっていた方に見せたいという気持ちがあります。ファンのみなさんと約束しました。絶対に戻ると。ラストランとしてどんな形になるかはわかりませんが、元気な姿をお見せして感謝を伝えたい」
もちろん、この夢と未来をかなえるには、相当な覚悟が必要とされる。それでも「今はすがすがしい気持ち」と、さわやかな笑顔を見せた。
ほかにも、滝川さんはいくつもの夢や計画を思い描いている。前述の『アスリートプライド』でのMCは、現在もっとも大きなやりがいのひとつだ。仕事のない日は、リハビリの合間に口に絵筆やタッチペンをくわえて、大好きな動物とパラスポーツを組み合わせたイラストを描いている。入院中から考えていたという絵本を出版する構想も進めている。共生社会を実現させるための講演会やイベント、誰もが楽しめるようなフェスを開きたいという大きな夢もある。根底に共通しているのは、「人を楽しませ、幸せにしたい」という、何があっても変わらぬ信念だ。
「今は『生きている』という強い実感があります。もし事故が起こらずケガを負っていなければ、今でも人生の方向性が見定まらず、モヤモヤし続けていたんじゃないかな」
多くの人を魅了してきた、その穏やかな笑顔で、滝川さんはこの先の未来を見つめている。きっとそれは、希望に満ちた明日に違いない。
取材・文/麻宮しま 女性実用誌編集部を経て、フリーライター・エディターとして活動。実用企画から企業インタビューまで幅広く手がける。『歩 ─僕の足はありますか?』では構成を担当した。