涙が出た理事長のあいさつ

 そして協会ごあいさつ。通常は三役以上の力士が土俵に上がって八角理事長を囲むのだが、この日は幕内力士全員が東西に整列。向こう正面側には親方衆も整列し、八角理事長が土俵であいさつを述べた。これには本当に胸打たれた。

「公益財団法人日本相撲協会は、社会全体でコロナウイルス感染症の拡大を防いでいる状況を勘案し、またなにより、大相撲を応援してくださる多くのファンのみなさまに、ご迷惑をかけることは決してできないと考え、大相撲三月場所を無観客で開催させていただくこととなりました」

 という今回の無観客場所の理由を述べた後、お詫びなどを語る。そして、

「古来から、力士の四股は邪悪なものを土の下に押し込む力があると言われてきました。また、横綱の土俵入りは五穀豊穣と世の中の平安を祈願するため、行われてきました。力士の身体は健康な身体の象徴だともいわれます。

 床山が髪を結い、呼出が拍子木を打ち、行司が土俵をさばき、そして、力士が四股を踏む。この一連の所作が人々に感動を与えると同時に、大地を鎮め、邪悪なものを押さえこむのだと信じられてきました。​

 こういった大相撲のもつ力が日本はもちろん世界中の方々に勇気や感動を与え、世の中に平安を呼び戻すことができるよう協会員一同一丸となり、15日間全力で努力する所存でございます」

 と、大相撲が古来からあった姿、歴史を実直に語り、その価値を伝えた。これが本当に素晴らしかった。涙が出た。今ここで、大相撲をたとえ無観客でも開催する意義が、十分すぎるほどに伝わった。相撲をやることそのものが祈りであり、今こそそれがあるべきで、そのために全力を尽くすという決意。これこそがリーダーに語ってほしい言葉! と、相撲を超えた感動さえ与えてくれた。

 そして、そうした歴史や価値があるからこそ、無観客でも大相撲は成立するのだと取組を見ていて感じた。実は先日、プロ野球の無観客試合をテレビで見た。私にはお客さんのいない試合はなんだか草野球のように見えて、日ごろ感じる圧倒的な華々しさや力強さを感じることができなかった。選手の声がそのまま聞こえ、もちろん、そこで言ってることは普段、聞くことのできない言葉なんだが、これは悲しいなぁと思った。