仕事は「潜水艦のソフト開発」
熱海駅から車で約15分、勾配の急な坂を上った住宅街に、古びた鉄筋コンクリート3階建てのその家はあった。人が住んでいる気配がしないほど、物静かな佇まいだ。玄関のドアは施錠され、インターホンもない。しばらくノックを続けると、中から物音が聞こえ、ドアが開いた。
目の前に現れたのは黒いTシャツ姿の中年男性。年齢は事前に「30代前半」と聞いていたが、相応には見えない。あらためて自己紹介をすると、
「どうぞ中へ入ってください。今から証拠の書類を持ってきますので」
と、地下1階へ案内された。階段を下りると、教室ぐらいの広さの部屋に、サンドバッグやベンチプレス、フィットネスバイクが並ぶ。トレーニングルームのようだ。
間もなく戻ってきた男性が、床に腰を下ろした。Tシャツにはムエタイの選手が描かれ、左上腕部分にはタイの国旗。
「普段はタイにいます。今は飛行機が飛んでいないので、ここに1人でいます」
床であぐらをかいた和田氏は、不敵な笑みを浮かべている。「証拠」と称する書類を並べたが、それらはいずれも、ブログに掲載された美咲ちゃんの写真をプリントしたものだ。うち何枚かを指さしながら語った。
「とも子さんは美咲ちゃんの身長を125センチだと言っていますが、私のほうで測ったら110センチしかない」
「美咲ちゃんの写真はホクロの位置が毎回変わっている」
美咲ちゃんは保育園の文集に120・5センチと記録され、ホクロの位置が変わっていることも確認がとれない。
しょっぱなから要領を得ない話が始まり、私は受け答えに困った。
和田氏はブログで、美咲ちゃん事件の犯人はとも子さんだと主張している。その証拠が目の前に並ぶ書類なのかと尋ねると、「違います」と否定してから、こう続けた。
「要するに私は今、タイに行けないので潜水艦探知機のソフトを作っています」
和田氏はいきなり話題を変え、自身の仕事について説明を始めたようだが、質問に対する答えになっておらず、話がまったくかみ合わない。
また、和田氏はとも子さんと何度も話をしているという。
「とも子から頻繁に電話がかかってきて怒鳴り声や罵声を浴びせられるんですよ」
とも子さんから頻繁に電話がくることが事実なら、とも子さんの電話番号を知っているはずだ。番号を尋ねると、「着信記録は無数にあるから消えているかも」と言いつつ、和田氏はガラケーを取り出し、調べ始めた。差し出された画面に表示された番号は「非通知」だった。
「この非通知は間違いなくとも子からです。私はとも子の声を知っているので、話せばわかります。そのときは、とも子から『あんた証拠を持っているのか?』と尋ねられました」
和田氏が示した非通知着信《6月26日18時45分》《6月26日15時53分》は、いずれも私が非通知で和田氏にかけた記録と合致していた。偶然とは思えない。そもそも、和田氏は両方とも電話に出ていないので会話が成立するわけがない。
さらには「(私は)とも子さんや関係者の携帯電話をハッキングしている。違法行為をやっています」という発言まで飛び出し、メディアの前で自身を犯罪者と認めるなどもはや支離滅裂だ。