家事を一手に引き受けてきた奥様方は、「夫は何もしてくれない」と愚痴を言っていたとしても、家事は自分の責任範囲、城だと認識し、使命感と誇りを持ってその任務を全うしようとしています。とくに、私と同じ50代あたりの女性は、母親が専業主婦という家庭環境で育った人がほとんどなので、知らず知らずのうちに「妻が家事をするもの」という価値観が頭に染みついています。ですから、一部とはいえ家事を明け渡すことは、「主婦」として「妻」として、どこか引っかかる気持ちを感じる人たちが多いのです。このデリケートな部分は男性にはなかなか理解できないことだと思います。
もう1つ、家事を分担するのであればその業務の進め方や到達点を示さねばなりません。ところが、これもなかなかの難問です。家の仕事も会社の仕事と同じレベルでやろうとすれば際限がないからです。家事というものは、家ごとに優先順位や効率、さらには好き嫌いといったことも含めて、やるべきこととその到達点、そしてそのための方法がすでに確立しているものです。
家事を妻が一手に引き受けている場合、すべては妻の感覚に任され、誰にも文句を言われることはありません。ところが夫にそれらの手順を明かすことで、「なんだ、もっといい方法があるじゃないか」と批判されたり、それらの仕事がきちんとできていないと思われたりするのではないか、といった不安が心の中に広がり始めます。女性の気持ちはなかなか複雑なのです。
今は「定年後の暮らしの予行演習」にうってつけ
家事の方法やそのレベルについて、男性は論理的な説明を求めがちですが、長年の経験と感覚で職人のように仕事をしている女性ほど、そのマニュアル化は精神的に負担です。
私はこの世代にしては珍しく、共働きの親の元で育ったせいか、夫に「エリア潜入」されることに対して鈍感ですが、この方法と到達レベルの共有については苦労しました。その揚げ句、自分のやり方・到達点を放棄し、相手のやり方を容認し、そのうえでどうしても納得できない場合のみ自分の方法を提案する、という方策を取っています。自分の根城の1つである台所を夫に明け渡して任せてみると、その領域で夫なりの力を発揮してくれるので、自分が今まで作らなかったような料理が食卓に並んだり、新しい方法の発見になったりもしています。
それにしても、長年、自分なりに「こうあるべき」と思っていたことや方法を変えることを容認するというのは、一部とはいえ心の整理と鍛錬が必要です。最初はそれなりの負担がかかると思いますが、それでも同世代の女性に家事を夫婦で分担することをオススメします。なぜなら、この先、自分だけの時間を確保するうえでも重要だと思いますし、自分が病気や認知症になったときには夫に家事を委ねることは避けられないからです。
家事は会社の仕事のように報酬という形での評価がでないからこそ、感謝の気持ちを伝えることが大切であり、それによりモチベーションも維持されます。互いに感謝の言葉を伝え合えば家庭は憩いの場となります。定年後、長く一緒にいる時間が「不安」から「楽しみ」に変化していくと思います。
せっかくのStay Home、この機会に予行演習をして、定年後の夫婦の暮らしを楽しいものにしていただきたいと思います。
大江 加代(おおえ かよ)確定拠出年金アナリスト
大手証券会社に22年勤務、サラリーマンの資産形成にかかわる仕事に一貫して従事。退社後、夫の経済コラムニストである大江英樹氏(株式会社 オフィス・リベルタス 代表)を妻として支える一方、確定拠出年金の専門家としてNPO確定拠出年金教育協会 理事、企業年金連合会 調査役として活動。野菜ソムリエの資格も持つ。