だが、アメリカの一般人にとって、ミヤザキはディズニーやピクサーに並ぶ身近な名前とは言いがたい。アニメに限らず、アメリカ人は「アメリカの映画」が好きだ。他国の作品にあまり目を向けないことが、おそらくそのいちばんの理由だろう。実際、ヨーロッパではミヤザキはもっと広く一般人に認識され、子どものファンも多いようである。

『崖の上のポニョ』声優陣と登壇した宮崎駿監督
『崖の上のポニョ』声優陣と登壇した宮崎駿監督
すべての写真を見る

アメリカ人にとっての「アニメ=CG」

 さらにピクサーがCGアニメを作り始めてからというもの、アメリカの子どもたちにとって「アニメといえばCG」が常識になってしまったことも大きい。

 アンジェリーナ・ジョリーが製作総指揮を務めた2Dアニメ『ブレッドウィナー』(Netflixの邦題は『生きのびるために』)で主人公の声を務めたサーラ・チャウドリーはカナダ人なのだが、彼女も「それまでほとんど2Dアニメを見たことがなかった」と、筆者とのインタビューで語っていた。

「この仕事のおかげで2Dも悪くないと思うようになった」そうだが、彼女のような機会のない普通の子どもの場合は、2Dアニメの傑作の多くを見逃してしまうということである。

 それは興行収入にも顕著に表れている。長編アニメ部門でアカデミー賞を受賞した『千と千尋の神隠し』は、宮崎監督の作品で最も北米興収が高い映画だが、それでもたった1000万ドルしか稼げていない。

 北米は世界最大の映画市場であるにもかかわらず、全世界興収のたった3.7%しか貢献していないのだ。比較のために挙げると、『千と千尋の神隠し』と北米での公開年を同じくする2003年の『ファインディング・ニモ』の北米興収は3億8000万ドル。不幸にもコロナ脅威のタイミングに当たってしまい、普段並みの成績を上げられなかったピクサーの『2分の1の魔法』ですら、6100万ドルを稼いでいる。

 もちろんお金のかかり方や、たった26館という公開規模を考えれば『千と千尋の神隠し』は成功なのだが、つまり、日本のように「みんなが見た映画」とは言えないのである。

 しかし、希望がないわけではない。配信サービスが充実してきたうえ、コロナで家にこもらざるをえない状況下では普段と違うものを見ようと、宮崎駿監督作品と「偶然の出会い」をする人が出てくることは十分ありえるからだ。

 折しも、HBO Maxは今年5月に大々的なデビューをするにあたり、ジブリ作品21本の配信権を獲得している。契約発表時、同社のコンテンツオフィサーのケビン・ライリーは「ジブリが送り出すすばらしい映画は、世界中の人々を感動させてきました。HBO Maxが、それらの映画をもっと身近にできることを、光栄に思います」と語った。

 配信こそ未来と言われるこの時代、宮崎監督の映画は、次の世代のアメリカ人に、どのように受け入れられていくのだろうか。


猿渡 由紀(さるわたり ゆき)L.A.在住映画ジャーナリスト
神戸市出身。上智大学文学部新聞学科卒業。女性誌編集者(映画担当)を経て渡米。L.A.をベースに、ハリウッドスター、映画監督のインタビュー記事や、撮影現場リポート記事、ハリウッド事情のコラムを、『シュプール』『ハーパース バザー日本版』『バイラ』『週刊SPA!』『Movie ぴあ』『キネマ旬報』のほか、雑誌や新聞、Yahoo、ぴあ、シネマトゥデイなどのウェブサイトに寄稿。米女性映画批評家サークル(WFCC)会員。映画と同じくらい、ヨガと猫を愛する。