とにかく仕事をしているのが一番楽しい

「師匠は舞台の時間を守らないんですよ」と言うのはナイツの塙宣之さんだ。

「しゃべってるうちに話が終わらなくなっちゃうんですね。“師匠、時間です”と言っても耳が遠いから聞こえないし、そんなときは3段階でやめさせる。最初は舞台袖から懐中電灯で光を当てる。まだダメなら緞帳(どんちょう)を下ろしちゃう。それでもダメなら僕が舞台に出て行って着物の袖を引っ張って連れ戻すんです(笑)」 

 売れっ子漫才師・ナイツは、2001年から桂子さんに弟子入りしている。初対面はどんな印象だったのだろうか。土屋伸之さんが言う。

「大御所なので、怖い人だと思ってました。でも、自分の祖母とおんなじで優しいおばあちゃん。おそらく昔の弟子には厳しかったんでしょうね」

 桂子師匠は基本的なことを教えてくれると塙さんは言う。

手取り足取りという指導ではなく、とにかくお客さんの前に出るときはちゃんとした格好で出なさい、とか。だから僕らいつもスーツなんです。あと、これは僕らにまさに足りないんですけど、“芸を身につけなさい”ということ。唄だったり、楽器だったり、踊りだったり……。だから僕らは必要なとき(踊りをやらなければならないとき)に稽古をつけてもらいに行ったり、習ったりしてますよ」

 東京都台東区竜泉──。浅草にもほど近い下町情緒の残る一角に、桂子さんと成田さんが住む家がある。

 食事は、朝昼兼用の1食と夕食の2回。用意はすべて成田さんの仕事だ。

「といっても、お惣菜を買ってきて、お味噌汁はインスタント。今は美味しいものがありますからね」と成田さん。

 毎晩、1合の晩酌が何より楽しみ。桂子さんがぼやく。

ホントは、もう少しお酒が飲みたいのに、この人が1合しか持ってこないの。知ってるんだから、上の部屋に1升瓶がいっぱいあんの。あたしは、絵や字を描くのも好きだけど趣味じゃない。だって売れるんですもの。とにかく仕事してるのが一番楽しいね」

 仕事は、月に6回ほど浅草の東洋館に出演。ほかにテレビや地方での仕事もある。あとはリハビリに励む毎日だ。

 塙さんがあきれながら言う。

「最近“東京五輪では、100歳になっておかないといけない”なんて言い出してる。だから今年で96、97とか平気で嘘を言うんですよ。すごい芸人根性なんだけど、まあ立派な詐欺ですからね(笑)」

『人間ドキュメント』取材・文/小泉カツミ