一方、メイは母の美登里(草刈民代)から「お母さん」になりたいという夢を否定され「男の子なんかに負けない」「仕事ができる女性になるの」と言われたことが“呪い”となっており、(母親に似て)家事が苦手なこともコンプレックスとなっているのだが、“呪い”と聞いて、真っ先に思い浮かべるのは『逃げ恥』終盤。
セリフの中にある社会批判性
みくりの伯母の土屋百合(石田ゆり子)は、女性の加齢をネガティブなこととして内面化している女性に対し《私たちの周りには、たくさんの呪いがあるの。貴女が感じているのも、そのひとつ》《自分に呪いをかけないで。そんな恐ろしい呪いからは、さっさと逃げてしまいなさい》(『逃げるは恥だが役に立つ シナリオブック』(講談社)原作:海野つなみ、脚本:野木亜紀子)と言う。
『逃げ恥』には周囲の価値観の押し付けにうんざりしている人が多数登場し、そんな世間からは「逃げたい」と思っている。ここで「戦う」のではなく「逃げる」ことを肯定的に描いていたことが本作の新しさで、それ以前の女性の活躍を応援する作品との大きな違いだろう。これは作者の海野つなみが持つ先見性だが、脚色した野木亜紀子の力も大きい。
近年では『MIU404』(TBS系)を筆頭とするオリジナル作品を手掛ける野木だが、元々、彼女は原作モノの名手で、漫画や小説の中にあるエッセンスを抽出して、作品のテーマを明確にする批評的な視点が突出していた。
中でも秀逸だったのが、『逃げ恥』第9話での終盤のやりとり。
雇用契約を破棄して結婚しようと言う平匡に対し《結婚すれば給料を払わずに私をタダで使えるから、合理的。そういうことですよね?》(前掲書)とみくりは言う。
平匡は《僕のことが好きではないということですか?》と尋ねるが《それは、好きの搾取です!》《好きならば、愛があるなら何だってできるだろうって、そんなことでいいんでしょうか?》(前掲書)と、みくりは反論する。
漫画終盤の展開を一気に圧縮して描いた名場面だが、ここで登場した「好きの搾取」という言葉には、恋愛や結婚に私たちが感じる矛盾と違和感が内包されている。
この「呪い」と「好きの搾取」という言葉によって『逃げ恥』は現代的な作品となった。