思いがけない、最前列の席。両脇にいるのは、かなりの格闘技、プロレスファンの編集者Yさんと、女子プロレスの追っかけから、ついに熱く女子プロレスを書く人となってしまったライターの伊藤雅奈子さん。
「えっ、今日が初めての観戦ですか。ちょっと物足りない入り口かもしれないですね」
熱い人たちにそんなふうに言われたが、若手の人気レスラーの試合、合間の芸人のショー、そして満を持してのダンプ松本と長与千種、彼女らと同じ時代のリングを生きた選手たちの試合が始まると、身の内が次第に熱くなってきた。
長与千種との戦い、蘇る1980年代
娘よりも若い現役レスラーのはち切れそうな身体が、勢いよくロープにぶつかり、轟音を立ててマットに叩きつけられる。十分に、手に汗握れる。
ダンプ松本率いる極悪同盟と死闘を繰り広げた、クラッシュ・ギャルズのひとり、かつて最高のベビーフェイス、正統派の可愛かっこいい長与選手もすっかり貫禄がつき、ダンプさんと敵対側ではなく同盟側にいるような雰囲気になっていたが、2人が登場すれば、あの熱狂の1980年代がまざまざと蘇る。
リングに上がったダンプさんはあの時代のような強烈なメイクをし、竹刀を持ってはいたものの、記憶にある挑発的な叫び、恐ろしい威嚇はなく、なんだかステージの破壊神ではなく、まさに守護神の存在感を放っていた。
「みんな、今日は来てくれてありがとう」
若手レスラーの華麗なる技も見せられ人気レスラーの迫力あるぶつかり合いも見せてはもらったが、あのころのような流血の惨事や本気の場外乱闘、負けた側を丸刈りにするなんて壮絶な罪と罰もない。
戦いの合間に、可愛い若手の発言のおバカさ、ベテランレスラーの口下手さをいじったり、会場は和気藹々とした雰囲気に包まれていた。
そうしてラストは同期であり同志であり、仇敵でもあった長与さんとのトークショーだ。語り合う2人の後ろに流れるのは、ジャッキー佐藤とマキ上田のビューティ・ペアが歌い踊り大ヒットさせた『かけめぐる青春』だ。
これは不意打ちで、涙が出た。レコードなど買ってないし、カラオケで歌った覚えもないのに、すべての歌詞を覚えていることに、今さらながらに気づく。
台本があるのかないのか、中空に向けてOGのひとりが叫ぶ。
「今日は、ジャッキー佐藤さんの命日ですよ」
ダンプさんはじめ、リング上のレスラーたちも観客も、みんな辺りを見回した。
「きっとジャッキーさん、この会場のどこかにいるよ」
「いるいる、ジャッキーさん、かっこよかったーっ」
みんな、確信した。ダンプさんもだが、会場にいる女子はダンプ松本と長与千種ファンであるだけでなく、みなビューティ・ペア・チルドレン、といっていいんじゃないか。