心が動くとまっすぐその方向に動く人
また、サッカー部の顧問を通して、子どもたちと違う角度からの関係性も構築してきた。ともに顧問として活動に関わった栄光学園の数学教員・日野俊一郎さん(45)は、井本さんが暗黒の時代を抜けたころに栄光学園に教師として勤め始めた。
「数学教師で論理的思考についての授業をしていますけど、普段の井本先生は論理的というよりも感覚的。心が動くとまっすぐその方向に動く人です。理屈で動いていない。僕のような後輩の意見もいいと思えば取り入れてくれるし、大事にしているのは何よりも生徒なんだっていうことがすごく伝わってきます。
テレビや本の取材を見ていると、悟りを開いた人のようにも見えるけど、サッカー部の顧問としては、もう子どもたちが可愛くってつい口だしちゃうような面もありました。人間味があって魅力的な人です。“数学を教えるときと違って、サッカーはイライラしちゃうんだよなあ”ってよく言ってましたね。非常勤になってからさらに解放されて、これまで以上に楽しそうです(笑)」
ウロウロ、ニヤニヤしてればいい
「栄光の子どもたちの数学の授業だけを見た人には、“進学校の子だからだよね”と言われることがありますが、僕はいろいろな状況の子どもたちと関わっています。どんな子どもにも言えることは、ありのままを認めれば、子どもたちは自ら最高に輝きはじめるということなんです」
主宰している『いもいも』は、数理的思考力の教室として3年前にスタート。今では、栄光学園の卒業生や、さまざまな先生とともに「表現・コミュニケーション」「言語的思考力」「あそび・てしごと」など多岐にわたる教室を開催している。
井本さんと栄光学園の同期生でもあり、料理研究家、編集・ライターとして活躍している土屋敦さん(51)は、3年前に井本さんに再会。当初は、子育て中のひとりの親として興味を持ち、井本さんの教室を見学。そのときのやりとりに衝撃を受けたという。
「子どもを伸ばすにはどうするの?」
「伸ばさないよ。勝手に伸びるんだよ」
「いいところを伸ばさないの?」
「いいところって何? それって大人が勝手に決めてる価値観じゃん」
土屋さんはポカン。何か大事なことを言っているようだが、よくわからなかった。もっと知りたいと見学しているうちに井本さんの子どもたちとの関わりに共鳴し、教室に毎回参加するようになり、今では『いもいも』の「読書・言語表現教室」を担当するようになった。
「子どもってひとりひとり違うから、その子への関わり方とか声かけの方法を言葉にできないですよね。ノウハウにするのも違う。言葉にした途端にウソくさくなる。僕は言葉で仕事をしてきたけど、今、言葉にできなくなっています(笑)」
そして、土屋さんが栄光学園で料理のゼミを始めたとき、井本さんにアドバイスを求めると、こんな答えが返ってきた。
「ウロウロしてニヤニヤしてればいいんだよ。子どもたちに、料理って楽しいなって伝わればいいんだ」
「井本らしいですよね」と、土屋さんは笑う。