SNSとリアルな人間関係は違う
「オレが今マリオなんだよ」島に来て子はゲーム機に触れなくなりぬ
2013年に発表される第五歌集『オレがマリオ』に収められたこの短歌のように、さとうきび畑で鬼ごっこ、川でエビを捕まえ、滝壺に飛び込むわが子の姿は、マリオそのもの。
「偶然訪れた石垣島は私たち親子にとって、まさに天国。浦島太郎のように帰りそびれた。それまでインドア派だった私も、息子に連れられカヤックに乗ったり洞窟探検やシュノーケリングをするなど貴重な体験もしました。そんなことを私にさせるなんて子どものエネルギーって恐ろしい」
人の子を呼び捨てにしてかわいがる島の緑に注ぐスコール
島で逞しくなったのは息子だけではなかった。
市街地から30分はかかる崎枝の集落には商店街はおろかコンビニすら1軒もない。すると、免許を持っていなかった万智に、「街に行くけど買ってくるものはある?」と集落の人たちは気軽に声をかけ、乗せていってもくれた。
「車の中でおしゃべりをして、短期間でみなさんと仲よくなれた。運転できなくてむしろよかった」と万智は笑う。
島で出会った人々と交流を深めるうち、気づけばネット上の批判的な意見に心をかき乱されることもなくなっていた。その変化を間近で見ていた松村さんも感じていた。
「震災の後、万智さんはバッシングを受け不安な心を抱えていました。でもこの島に来て濃密な人間関係のなかで、SNSとリアルな人間関係は違うと切り離して考えるようになったのではないかと思います。この島で人を信じられるようになったというか、自分のメッセージがまっすぐに伝わる人たちが必ずいることを確信したようでした」
それまで息子には「人に迷惑をかけない自立した人間になってほしい」と思っていた。
だが、自身が石垣で多くの人の手を借りながら暮らすうち、考え方が変わっていた。
「人間生きていたら絶対に迷惑をかける。ならばいっそのこと、“こいつだったら迷惑をかけられても仕方がない”。そう思ってもらえる人間になってほしいと思うようになっていました」
いざというとき、助け合える関係を築けることが人間の生きる力。そんなことを教えられた石垣島の5年間だった。