息子の未来を思い、新境地を詠む
折に触れ、息子のことも繰り返し詠んできた万智。集落の中学は全校生徒が3、4人と少なく、息子の中学進学に伴い、再び移住を決めた。選んだのは、「牧水・短歌甲子園」の審査員などをして年に数回通っていた宮崎県。
今年17歳になった息子は母の歌集のゲラを読み、自らも短歌を作るという。寮生活も始め、巣立ちに向けてどんどん成長していく。その姿を見守るうち、やがて息子が生きる「未来」への関心が高まっていた。
制服は未来のサイズ入学のどの子もどの子も未来着ている
入学式ならではの晴れがましくもちょっと滑稽でもある光景。7年ぶりに発表した第六歌集『未来のサイズ』では、明るい未来への希望だけでなく、社会への不安や怒りがにじむ歌も多数並んでいる。
「世界を全肯定する歌を詠みたい」と語ってきた万智の新境地ともいえる。
「息子も10代になると社会性を帯びてきて、私も自然と子どもを通して社会への関心が大きくなっていきました。
例えば、新聞記事を読んでいると無関係なことがない。物事のいいところを見たい気持ちは変わらずあるのですが、一方で、子どもの未来を考えたときに、きれいごとではすまされない物事が具体的に見えてきた」
韓国の修学旅行中の高校生を含む300人以上の命を奪った2014年の大型客船セウォル号沈没事故にも心震わせる。
あの世には持っていけない金のため未来を汚す未来を殺す
「未来を汚す」と題された連作では、そんな心境が生々しく明かされている。
「ここ数年でいちばんショックな事件。私自身も親でありかつては教師の身。関心を持って調べるうち、人災に近いこともわかり、怒りを覚えました。未来は大きくもあるし、今の私たちが汚すこともできる脆いもの。自分が死んで終わりではなく、子どもが育っていく未来が豊かなものであってほしい」
デビュー当時、いちばんの興味は恋愛だった。それを思いっきり歌っていた万智。「否定精神がない」と言われても、そのスタイルを変えることはなかった。だが今は、子どもを通して社会への関心が大きくなった。
「自分のなかで機が熟すのが大事だと思うんです」
常に「今の自分が見つめる先」を偽らず、まっすぐ歌にしてきた万智。その年代にしか詠めない歌があるからだ。
「短歌はそのときの自分の思いをパッケージしておける素敵な器。短歌はいちばん身近な相棒。出会えてよかった」
別れ来し男たちとの人生の「もし」どれもよし我が「ラ・ラ・ランド」
『未来のサイズ』の最後を締めくくる恋の歌。別れてきた男たちをどれもよしとする『サラダ記念日』のころからのファンにとってはたまらない、万智らしい歌。
10年後、どこに住んでどんな歌を詠んでいるのか。わからないのもまた素敵な人生だ。
「歌を詠むとは、日常を丁寧に生きること。失恋しても短歌ができたらプラスになる。いいことを歌で詠めば、歓びも2倍になる。
子どもの手が離れて、自分を見つめ直すときにどんな歌が生まれるのか。老いも近づきどんな歌が生まれるのか。考えただけでワクワクする。できれば、60歳、70歳になっても恋の歌を詠んでいたいな」
そう言って万智はうれしそうに微笑んだ。
(取材・文/島右近)