SNSとの向き合い方
Q 今回のテーマを描こうと思った理由は? 今の時点でも高校生がSNSというものに密接に関わって日々を過ごしていて、いろいろな立場の考え方があると思うが。
いろんな高校生たち。高校生に限らず、SNSというものはいろいろな方々が、いろいろな考え方で使用しているものでもあると思いますし、始まりのきっかけは、僕がやらせていただいているバラエティー番組で、マッチングアプリの是非を討論するきっかけがありまして、マッチングアプリで出会った方、結婚された方のその賛辞、メリットという意見もたくさんうかがう一方で、とはいえ危ないんじゃないの? リクスクがあるんじゃないの? というネガティブ側面を話す方もいて。そういった議論がかなり白熱した場面を目撃して、いろいろな方がいろいろな意見を持つものですし、これは何か物語が生まれるんじゃないかなと思ったのがきっかけで。
自分、30歳を過ぎたくらいだったので、高校生を描くのは今がいちばんいいかなと思って。(年齢的に)近すぎず、遠すぎずという意味でも。青春群像劇とSNS、マッチングアプリというものをかけ合わせることで物語のうねりが生み出せるんじゃないかなと思ったのが(執筆の)最初のきっかけです。
Q 読む人にどんな心の動きが出てくれたらうれしいと思うか?
僕が書いていて思ったのが、やっぱりSNSやアプリというものは、あくまでツールのひとつに過ぎないということ。そこを通してつながっているのはやっぱり人なんだということ。文面ばかり読んでいると、人間ではないような部分を感じる瞬間もあるんじゃないかと思いますが、やっぱり人と人、そこにいるのは全員、人なんだということを実は忘れがちですよね。
あくまでSNSはハサミや定規と変わらないツールなんだという部分で、ある程度冷静にドライに向き合えていたほうが、より効果的に使えるんじゃないかと僕自身は感じています。
Q アイドルという立場上SNSにもどかしさを感じる時もあると思うが。
SNSに限らず、僕は小学生のころからジャニーズ事務所で活動させてもらっていて、まぁ、いろいろなお言葉をいただいてここまでやってきたので。厳しい言葉も、言われなき誹謗中傷も受けてきましたけど、やっぱり苦しいですよね、傷つきますし。でも、そういった中でどう受け止めるか。必要以上にそのコメントに敏感にならなくてもいい。僕自身のことで言うと、厳しい言葉というものはすごく残るので。
たくさんの作品のレビューを読んでも、100褒められても1厳しい意見で、そっちの(厳しい)方が印象に残ってしまうことがある。人間というのは、そういうものだと僕自身が感じるので。その厳しい言葉が全てと受け止めてしまうのと、ちゃんと1/100だよねっていうドライな目線。そういうものをどう受け止められるかが、意外と気にしなくてすむのかなとも思いますし、(SNSは)あくまでツールみたいな。
もっとたくさんの厳しいコメント以上に興味を持ってくれる人もたくさんいるし。それが人生の全てにならないように、距離感や向き合い方が大事だよなということを(小説を)書いてからちょっと思いましたけど。今作であまりSNSの闇にスポットを当ててはいないのは、そういう理由です。ただ、そこにあるものを通して、人と人がどう出会うか、出会いの中で人間が成長していくということがあると思いますし。直接出会うことがすベてだと思ってはいませんが、そこで成長する部分がきっとあるんじゃないかなと。
今作の帯で書いていますが、私は私を育てていくという言葉があって。SNSに出る情報はあくまでも自分という種に対しての水であったり肥料。ときには、害虫かもしれませんが。あくまで外的な要因で育つのは自分。自分がどう花を咲かせるかをまず大事にして生きていくために、使うか、使わないか、向き合うか、向き合わないかが大事かなと思いました。すみません、長くなりましたが。
Q 加藤さんが小説を書かれることで、小説を読む人の間口を広げるというすごく大きな意味があると思う。直木賞を受賞することで、この国の小説を愛好する人のシーンを変えるかもしれないが。
それは、初めて小説を書いているときから思っているんですけど、僕が小説界にお邪魔するということは、今まで本に触れなかった方々に届ける機会になるだろうという責任はずっと背負ってきているので。今、改めて不安かというと、実はあまりないですね。それは、生意気ですけど、ここまで続けてきたことで培った自信があるから。
受賞できる自信はまったくありませんが、作品には自信があります。特に今回の作品は、勝手にですけど、そういった若い読者に本の楽しさを初めて実感してもらえたらというのが強くあったので。やっぱり楽しくないと読みたくないと思いますので、とにかく楽しく本を読んで、気付いたら読む前と読んだ後で少し人生が、景色が変わって見える作品になるように心がけていました。