デビューしてから50年あまり。描いたページは約10万ページ。日本独自の文化であるレディースコミックの旗手は、まさにレディコミのような人生経験の持ち主だった! 漫画に堆肥をかけられた少女時代。売れっ子になるも借金癖のDV夫に悩まされた子育て時代。初期の作品がGUCCIのデザインに──。人間の深層を描かせたら日本一の作家・岩井志麻子が、彼女の素顔をさらけ出す!
“女王”の気さくな素顔
コロナ禍にはあっても、一見すると平穏で美しい京都の町。ここに、伝説にして現役のレディースコミック女王の井出智香恵(72)はいる。
気さくに取材者を最寄り駅まで迎えに来てくれ、自宅に招き入れ、仕事部屋も描きかけの漫画も見せてくれ、
「いい店があるの。しょっちゅう娘とも行ってる」
と、近所の行きつけの場所まで楽しそうに案内してくれる。
その途中、ベルを鳴らさない若い男の自転車が勢いよく後ろから来て抜き去っていき、
「ちりんちりん、鳴らそうよ!」
女王は怒っているのではないが、威厳がありつつやっぱり気さくな態度で叫んだ。
若い男も素直に、はーいと返していた。あっ、このお方は本当に漫画以外でも女王になってしまう方なのだと、心の中で平伏する秋の古都。
「この町が、すごく好き。故郷の長野を出てから、東京も含めていろんな所に住んだけど、1日1日を過ごすうちにどんどん好きになるのは、ここが初めて」
確かに居心地よさそうな町だ。近隣の大都市にはすべて近い交通の便の良さ、駅前にだけでなくマンションの周囲にもあらゆる店がそろっていて、なのに緑豊かで空の広さも道路の抜け感も大らかだ。
どこにでもすぐ行けるのに、動きたくなくなる居場所。女王の居場所にふさわしい。
「まぁ、長男も長女も家庭を持って独立して責任ある仕事を任されて、ちゃんとやっているし。長女も漫画家になったの」
ご本人の人生が、レディコミそのもの。波瀾万丈だけれど地に足の着いた生き方、激動に満ち満ちているのに安定した心構え、というのは数多のインタビュー記事でも知られているが、女王はついに安住の地を見つけたのだ。
「いま一緒に住んでいる次女も、好きな絵を描きながら仕事して、そうね、次女はわりと高齢で産んだのもあって、いつまでも可愛い子どもよ」
新幹線が走るのを見たい、という人もやってくる、という見晴らしのいいベランダがついたリビングには、今は亡きご両親の立派な仏壇がある。
その脇に、誰もが知るヒット作から、あっ、これも井出作品だったかと改めて驚く昔の少女漫画本が詰まった本棚。
食卓に出してくれたのは、地元の名店のお弁当。取材者を心配しつつ、お土産としても用意してくれていたマスクにフェイスシールド。
「ご先祖様は拝まなきゃ。両親も、私を産んで育てて見守ってくれているんだから」
漫画家になってからは娘を応援し自慢にしていたご両親だが、娘がまだ何者でもない子どもで、漫画に夢中になったり漫画家を目指していたころは、大反対していたという。
「殴られたりはしなかったけど、そりゃもう犯罪扱いというくらい、漫画を読むことも描くことも阻止されてた。でも、やめなかったから今の私がある」