GUCCIも認めた斬新な作画
ともあれ漫画と漫画家への夢はあきらめきれない、いや、頑として持ち続けた智香恵だが、基本はしっかりした親御さんに育てられた真っ当なお嬢さんだ。これは今現在も、女王の根底を成している。
親のいうことを聞くふりだけでなく、ちゃんと期待にも応えるように高校を卒業すると、2020年夏に閉園した遊園地のとしまえんを運営していた株式会社豊島園の広告部に就職した。
今と違って、漫画家を目指すならやはり東京にいたほうが圧倒的に有利、チャンスは広がった。
堂々と上京し、東京に住んで堅実に仕事もしながら、真夜中に漫画を描いた。本格的に投稿を始め、実に6か月で結果を出す。才能、努力もさることながら、なんといっても意志の強さは筋金入りだ。
66年、集英社の漫画雑誌でデビューを飾る。『ヤッコのシンドバット』は王道の少女漫画、明朗なコメディータッチで、後にレディコミ女王と呼ばれ、ドロドロの愛憎劇で人気を博す井出智香恵の片鱗すら見当たらない。
その後、こちらも王道のスポ根漫画、『ビバ!バレーボール』を集英社の人気漫画雑誌『りぼん』に連載。かなり恵まれた、漫画家人生のスタートだ。
当時は少女漫画といえば、バレーとバレエ。東洋の魔女と称えられた、バレーボールの日本選手が活躍した東京オリンピック。その余波もあり、大ヒットした。
りぼんマスコットコミックスの第1号としても、漫画史に残る。しかしその絵柄もストーリーも正統派すぎる少女漫画を初めて目にした人は、現在のレディコミ女王の作品とは信じられないかもしれない。
後にその可愛らしい絵柄を日本文化、クールジャパンと認められ、2018年にはGUCCIとコラボレーションした商品までできるのだ。
「うれしいけど、自分でこの時代の絵はすごく下手と劣等感を持っていたから。ほら、典型的な巨大な瞳に星がキラキラ、まつ毛バサバサでしょ」
本人は卑下するが、そこにGUCCIのデザイナーは“ビバ!”と衝撃を受けたわけだ。
現代の少女漫画はさまざまな絵柄があり、あそこまで強調された瞳は古臭いとなっているようだが、やはり往時の漫画を知るかつての少女としては、瞳にはこのように星と虹が輝いていてほしい。背景にも、花が咲き乱れていてほしい。
ともあれここら辺から、たいていの日本に住む女性の中には井出智香恵がすみつくことになる。ざっくりと同世代なら、『ビバ!バレーボール』という正統派の少女漫画で愛と恋と夢と希望、友情に努力といった物語に引き込まれるし。
その後は双葉社のレディコミ誌『JOUR』などで、もっと大人になった女たちの愛と恋、そして性を描く世界に心奪われた。
井出智香恵が、描く場や作風やジャンルを変え、レディースコミックの女王へ進化していくにつれ、同世代でない女性たちにも愛読者は広がっていく。
「ネットの普及で、すごく若い子や海外の人たちまでが、私の漫画を読んでくれているみたいね。思いがけない世代や国の人たちに、ファンだといわれて驚くわ」
バブル期と重なるように、レディコミの大ブームがあった。井出智香恵は1か月に400ページ以上を描くこともあったという。