飽きさせないジャンルの豊富さ
井出作品の読者からすれば夢も見たいけど夢物語ではなく、現実に自分や身の回りの人たちにあり得る話。それが漫画として、自身に重ねつつ第三者の目でも見られる。
女というものの本質、正体、本性。自分のそれを見たくない、目をそらしたいと思う反面、つい覗き込んで突ついてもしまうもの。
「私にもある」「私にはないわ」「こうしたい」「これはしたくない」「こんな男に愛されたい」「こんな男に翻弄されたい」レディコミは、大人の少女漫画だ。
「20年近く前、ぶんか社から『ザ・離婚』なる漫画誌を出してたんですが。それには井出さんの人気作品を、再掲載してたんですよね」
井出智香恵作品を早くから読み、仕事をしたいと願っていた編集者の一人に、ぶんか社の後迫直樹さんがいる。
「でも僕が立ち上げた漫画誌『本当にあった主婦の体験』には、念願の書き下ろしをいただきました。当時の井出さんは本当にレディコミ女王で、巻頭カラーしか描かなかったんですよ。表紙に井出さんの名前があれば、売れたんです」
レディコミといえばまずは、女のエロとエゴが渦巻くドロドロの世界、と定義する人もいる。現に嫁姑問題、ご近所トラブルといった煽り文句が表紙には並んでいる。
恋愛だってレディコミでは、泥沼の不倫や性欲むき出しの浮気の方が正統派となる。
正直、稚拙な絵柄とストーリーのそれも多い中、井出作品は物語の骨子もしっかりしていて、いそうでいない、いなさそうでいる、絶妙な人物造形も際立つ。そのうえ、絵柄はメジャーな少女漫画誌に載っているような華麗なものだ。
なおかつ性描写も生々しいのだから、トップになるのは当然ともいえる。
今現在もレディコミ誌を作る後迫さんは、このように解説してくれた。
「レディコミって、日本独自の文化というか。つまりガラパゴス化しているんです。漫画家も読者も入れ替わりがなく、そのまま持ち上がっていく。
読者は20代のころに自身を重ねる不倫や三角関係などを読んでいて、40代になっても読むのをやめず、嫁姑問題や夫の浮気などに興味をシフトさせていく。
レディコミを専門とする漫画家にとっても、安定した世界なんです。メジャーな漫画雑誌での生存競争は大変だけど、レディコミ漫画家はその世界の中で生きていけるんです。
井出先生の得意なミステリーもですが、レディコミ世界でホラーだの歴史ものだの、性愛メインでないジャンルも開拓されていきました」
井出智香恵も後迫さんも、レディコミのブームは終わったというが、終わったというより落ち着いた、ということなのだと解釈もできる。
現に、コンビニに行けば雑誌売り場の一角に、専門のコーナーみたいなものもある。本棚に飾らず読み捨てるものともいわれるが、ときにすごい掘り出し物、井出作品に迫るほどの傑作だって発見できるのだ。