失われた落語界の“三密”
YouTube『春風亭一之輔チャンネル』の登録者数はまもなく6万人に達するが、「それ(=配信)だけで生きていくのは無理ですね」と、あらためて生のよさを訴える。
「寄席に出ないと身体がなまる。なるべく寄席に主軸を置いている」
そう語る一之輔は、落語のまくら(導入部)でよく「寄席がホームグラウンド」としゃべる。よって、出られる限り寄席に出演し、加えて落語会や独演会にも出演する。全国津々浦々から出演依頼は引く手あまたで、
「事務所の人には、テレビとかの仕事を入れにくい、と言われますよ」
と笑うが、寄席を基軸にした暮らしを変えるそぶりは微塵(みじん)もない。その寄席も、様変わりした。
「楽屋の様子も変わりました。出番が終わったらなるべく早く帰らなきゃならないし、湯呑みに入って出てくるお茶も、紙コップになりました。慣れちゃいましたけど、なんか寂しい、味けないですね。打ち上げも一切しない。(芸人は)みんなまじめですよ」
密が伝統をつないできた落語の世界で、大事な“三密”が失われた。楽屋で出演者がパァパァと与太話を飛ばし合う芸人同士の密、客入りが減ったために薄くなった客席との密、そして、師弟の密。
「元日には例年、師匠(=春風亭一朝)の家に集まって祝うんですが、今年はよそう、ということになりました。ほかの一門も僕が聞いた限り、どこも集まらなかった。忘年会も一切ありませんでした」
と、お互いに(新型コロナウイルスを)うつさない、という意識を共有している。
一之輔にも、二つ目のきいち(※きは喜の旧字で七を3つ)を筆頭に、与いち(よいち)、いっ休(いっきゅう)、貫いち(かんいち)という4人の弟子がいる。コロナ禍になる前は、週に1度は全員が集まり、一之輔宅でお茶会を開いていたが、それもできない。
「(前座の)弟子は週1で来ていたんですが、今はうちに上がって長居することはなくなりましたね。玄関先で(用事を)すませる感じです」
と慎重を期し、自身についても気を引き締める。
「できることは手洗いとうがい。どうしても人と会わないといけない仕事もあるので、うつりたくないですけど、“いつか自分も(新型コロナに)かかるかもしれない”という感じはありますけどね」
これまで3度のPCR検査を受け、結果はすべて「陰性」。だからといって気を抜くことはなく、日々寄席へ、落語会へ。
「(お客さんは)前を向いてマスクをして聞く。心配な面はあるでしょうけど、50%の入場制限を設けていますし、食事もできないし、マスクをはずしている人には(鈴本演芸場が)結構うるさく注意していますから」
寄席の安全対策を信頼し、今日も一之輔は高座を務める。
(取材・文/演芸評論家・渡邉寧久)
【PROFILE】
春風亭一之輔(しゅんぷうてい・いちのすけ) ◎1978年1月生まれ。千葉市野田市出身。'01年5月、春風亭一朝に入門。'12年3月、異例の早さで真打ちに昇進した。NHK新人演芸大賞落語部門大賞、文化庁芸術祭大衆芸能部門新人賞、浅草芸能大賞新人賞など受賞歴も多数。週刊誌の連載に加え、ニッポン放送『春風亭一之輔 あなたとハッピー』などメディア出演も多い。1月20日には著書『まくらが来りて笛を吹く』(朝日新聞出版)を発売。歌舞伎俳優との配信トークライブ『春風亭一之輔のカブメン。』も今月、スタートする。初回ゲストは松本幸四郎。