境界を越えて女子へ届けたいメッセージ

シカゴでのオフショット。アメリカで多様な価値観に触れ、精神的に楽になったという
シカゴでのオフショット。アメリカで多様な価値観に触れ、精神的に楽になったという
【写真】バンド活動をはじめ、ドラムを叩き歌う永里優季選手

 大好きな街・シカゴで足かけ4年を過ごして迎えた'20年。世界は新型コロナウイルスによる混乱に見舞われた。NWSLもリーグが中断。変則的な短期大会も設けられたが、永里はケガの影響もあって2試合出場にとどまっていた。そんな自分を変えるべく、9月に大胆なアクションを起こす。それが冒頭の男子チームへの加入だった。

 そもそも男子と女子のサッカーには大きな実力差がある。小学生までは男女ともに同じチームで練習するケースが多いが、思春期の中学校からは別々になり、身体の大きさや体力などフィジカルの差も相まって、その差は広がっていく。なでしこジャパンもしばしば強豪高校のBチームと試合をするが、それでも勝てないのが現実。永里のチャレンジを「無謀」と見る向きもあっただろう。

 それでも、はやぶさイレブンの仲間は彼女をリスペクトして受け入れた。元・日本代表の永井雄一郎(41)は「優季は本当にサッカーが好きで貪欲にうまくなろうとしている。ボールを止める・蹴るの技術も普通の社会人選手より高いですよね」と感心していた。その反面、「やっぱり女子だから身体の強さでは劣る部分がある。パスを出す側としては少し心配になります」と課題も口にしていた。

 現実を受け止めながらも、それを自分なりに消化し、どこまでも突き進むのが永里優季という人物。それは、なでしこ時代の佐々木監督も太鼓判を押している点だ。

「優季の男子チームの挑戦は後進の女子への力強いメッセージだと感じます。彼女は男子選手も顔負けの“戦士”。そう痛感したのは、ポツダムの試合を視察に行ったときでした。真冬の零下でグラウンドがカチカチに凍っている中、彼女はストッキングが破れるまで思い切ってスライディングにいっていた。ドイツ人の女子選手はそんなことしませんし、男子選手だってグダグダ文句を言うと思った。

 そんな勇敢さを目の当たりにして、当時、男子の日本代表監督だった岡田武史さん(現『FC今治』代表)も“日本人でいちばんほしいFWは永里だ”と話したくらい。優季なら、もっともっと上へ行けると思います

 日本女子サッカー界で唯一無二と言うべき存在だけに、

 '21年に延期された東京五輪での「なでしこ復帰待望論」も高まってくるかもしれない。永里自身は重圧に苦しんだ過去の経験もあって「今はまったく考えていません」とコメントしていたが、恩師・寺谷監督は「最前線は今の高倉さんのチームにいちばん足りないところ。永里がいれば助かるでしょうね」と話す。松田監督も「高倉も必要なら遠慮せずに声をかければいいし、永里が表現者として割り切れるなら行けばいい。いずれにしても、彼女は澤や宮間みたいに基準が高い選手。現状に満足せず、貪欲に自分自身を追求していく姿を多くの仲間に示せると思います」と期待を込めて語る。

 だがその前に、永里は男子チーム挑戦で得た貴重な経験を新天地で生かさなければならない。'21年1月からNWSLの新興チーム『レーシング・ルイビル』への移籍が決定。現在はアメリカに戻り、新たなスタートを切っている。

サッカー選手は1年1年が勝負。いつ引退しても納得できるような生活を送っていきたいです。その中で見えてくることも、新たに感じることもある。これまでにないアイデアも出てくるでしょう。それらを組み合わせて形にしていくような、チャレンジングな人生を歩みたい。好きなことをやって、その延長線上で社会へのメッセージも発信できるといいですね」

 そう語り、すがすがしい表情で前を見据えた永里。男女の境界やアスリートらしさなどの決まりきったイメージを取り払い、既成概念を打ち破る。その力強い生きざまは、多くの女性たちに勇気や希望を伝え続けるだろう。


撮影/高梨俊浩、吉岡竜紀
取材・文/元川悦子(もとかわ・えつこ)スポーツジャーナリスト。長野県松本市生まれ。業界紙、夕刊紙記者を経てフリー。サッカーを中心に執筆、日本代表から海外まで精緻な取材に定評がある。『僕らがサッカーボーイズだった頃』(カンゼン)ほか著書多数