男のロマン、支店を出したい
それでも投げ出さなかったのは、「あきらめなかった」からではなく、「あきらめたから」だと話す。
「1年後に閉店しようと決めたんです。店への執着心がなくなったら、気が楽になりました。ただし、お世話になった人たちに、あれだけやっても無理ならしかたないって納得してもらえるよう、1年間は全力を尽くそうと」
それからはプライドをかなぐり捨てて、店に立った。
客がいなくても呼び込みを続け、冷やかしの客にも懸命に自慢の青果を紹介した。
苦手だったバスの乗客にも売り込みを始めた。
「紙に大きく、『大根10円』って書いて、バスに向けて掲げたの。そうしたら、おばあちゃんたちが降りてきてくれてね。ほら、乗り降り自由のシルバーパス持ってるから。そんで、“お兄ちゃん頑張ってるね”って感心して、“嫁に言っとく”って帰ってくの。で、今度はお嫁さんが来てくれる。だから、うちのお客さんは、ほとんど口コミなんです」
来店客は徐々に増え、売り上げも比例して上昇。開店から半年後には、1日80万円を突破するようになった。
「ありがたかったですね。そのころには、閉店しようと考えてたことも忘れてました」
こうして、店は軌道に乗り、収支は黒字に転じた。
しかし、これにてめでたし、めでたし、とはいかなかった。
「男のロマン、ですね。次々に支店を出しては、苦労をしょい込んでました。カミサンや家族が反対しても、俺、耳を貸さなかった」
2号店、3号店と出店するたび、資金繰りに行き詰まり、首が回らなくなった。
「特に3号店には苦労しました。借金の返済がにっちもさっちもいかなくなって、死んで保険金で払おうかと思ったほどです。借金のカタに自家用車を没収されたときは、小さかった娘たちが泣いてね。粘土で代わりの車を作って、自分たちの小遣いを差し出してくれてね。うれしかったけど、情けなかった」
それでも逃げずに、すべての店を軌道に乗せてきた。
アキダイで経理を担当している妹の横山友栄さん(49)が話す。
「兄は根っからの商売人で、逆境を力にかえていくタイプです。驚くほど運も強くて、今度ばかりは無理だと思っても、周りの人や銀行に助けてもらえる。それは、兄の人柄のせいかもしれません」
娘の由加里さんが、話を引き継ぐ。
「父はめったに怒らないけど、逆鱗に触れるツボがあるんです。子ども時代に私が友達におもちゃを貸してあげなかったときも、『減るもんじゃない! 貸してやれ』って、すごい剣幕で怒られました。父は、人に喜んでもらうことが好きなんです。自分のことよりも、友達や周りの人のことを優先します。そういう父だから、困ったときに、恩が返ってくるように思います」