「息子は喜んでくれていると思う」
“運転の邪魔をされてむかついた”“クラクションを鳴らされて頭にきた”など……。些細な出来事が発端になって起こる、あおり運転。
その危険性を強く印象づけたのは、'17年6月、東名高速道路下り車線で家族4人を死傷させた事件だろう。これに前後して加害者は、同様のあおり運転による強要未遂事件を2件起こしていた。
さらに'19年には、ドライブレコーダーの有効性を決定づけた事件が発生。ショールームから借用した高級車で、常磐道をはじめ3県の高速道路であおり運転を繰り返した当時43歳の男が逮捕された。
こうしてあおり運転に注目が集まる中、ドライブレコーダーの販売台数は急増。一般社団法人『ドライブレコーダー協議会』などの統計では、ドライブレコーダーの国内出荷数は'19年度でおよそ483万台。'16年度の145万台から3倍に膨らんだ。
現在では、およそ半数にあたる45・9%が“すでに搭載”という状況にまで普及してきた。
とはいえ、片瀬さんに言わせれば、まだまだ不十分との思いが強い。
「メーカー出荷段階や、車検のときにはこれがなければ通らないとか、そういうふうにしてほしいと思いますね」
前出・長谷川弁護士は「ドラレコがあれば、いいにつけ悪いにつけ事故の経緯が明確になりますよね。普及率が高まったので過失割合を考えるうえですごく参考になっています。設置を義務化していいと思います」と、その意義を強調する。
大慈彌さんも異口同音に言う。
「国民の義務として100%の車につけるべきです。事故が起きるのはたいてい夜だったり雨が降っていたりで、事故の痕跡も残らないようなとき。どちらの言い分が正しいか証明する方法は、ドラレコ以外にありません」
ドラレコは、いまやドライブシーンだけにとどまらず、予想外の方面にも力を発揮している。
「(前述した)タクシー会社が安全教育に使ってくれるだけでなく、犯罪の抑止や防犯にも使われるようになりました。むしろ最近では、事故の記録自体よりも、そちらのウエートのほうが高くなってきている。それをすごくうれしく思っていますね」
交通安全のみならず、地域の安全にも多大に寄与した父を、天国の啓章さんもきっと喜んでいるだろう。
「と、思うんですけどね……。かみさんとよく言っているんですが、どちらが先に逝っても、まず聞きたいのが“おまえ(啓章さん)のときは一体、何があったんだ?”ってことですね。“こんなものを作ったよ”と報告するのは、そのあとの話です」
どれほどテクノロジーが発達しても、人は間違いを犯すし、失敗もする生き物だ。だから片瀬さんは願ってやまない。ドラレコのさらなる普及を。安全運転を。悲しみに暮れる遺族がいなくなることを。この世から交通事故がなくなる、その日まで─。
取材・文/千羽ひとみ(せんば・ひとみ) フリーライター。神奈川県横浜市生まれ。企業広告のコピーライティング出身で、人物ドキュメントから料理、実用まで幅広い分野を手がける。『キャラ絵で学ぶ! 地獄図鑑』『幸せ企業のひみつ』(ともに共著)ほか著書多数