「親と連絡したくないし、会いたくない」

 私たちは、東大生という言葉についひるみがちだが……。

「私も、どんな人が東大では“普通”なんだろうと思っていたところがあります。でも実際は、ウチみたいに母子家庭や、お金がないという環境で育った子もけっこういたし、めちゃくちゃお金持ちの留学生も多かった。だから“こんな家庭が普通”ということはなかったですね。むしろ東大に入っていろんな人と交流するにつれて、世の中にはいろんな事情を背負った人がいるんだなと、初めて知りました。

 地方出身で頭がよくて、家にお金があって、東大に入れたけれども、上には上がいて、その人たちと自分を比べて挫折してしまう人たちは何人も見てきました」

 ハミ山さんがもうひとつ気づいたのは“親に押しつけられた価値観を守らなくていい”ということだった。

うちの家庭の話をすると、みんなにドン引きされたんですね。その姿を見て、自分も無意識に我慢していたことだったって気づいたんです。ああ、これ、我慢しなくていいんだ、と

 自分が変だな、嫌だな、と思ったことに、ふたをしなくていい。自分の意志を尊重していい――。価値観を変えることは勇気がいる。しかし、その勇気は、新しい世界への扉でもある。

 そこから数年の時を経て、母を捨て、穏やかな生活を手に入れることができたハミ山さん。

 今は夫、子どもと暮らしているが、その壮絶な経験から家庭を持つことに不安はなかったのだろうか。

東大卒作家の半自伝的、毒親との共依存ものがたり『汚部屋そだちの東大生』より
東大卒作家の半自伝的、毒親との共依存ものがたり『汚部屋そだちの東大生』より
【写真】毒親っぷりが凄まじい! ゴミ屋敷で育てられた東大生を描くマンガの一部を公開

夫は他人のことをあまり気にしない性格で、“親と連絡取ってないし会いたくない”と伝えたら、すんなり受け入れてくれました。子どもを持つことは、自分と母のような関係が再生産されるのではと不安でしたが、いろいろ勉強したりカウンセリングに通ったりしてから産んでみて、今のところ楽しく過ごしています

 最後に、この漫画をどんな人に読んでほしいかをうかがった。

表面だけでは人って、わからない。普通だとか、立派な肩書があったとしても、だから正しいというわけではないし、幸せというわけでもない。特に家庭の中に違和感がある場合、自分の感情を押し殺しがちになりやすいと思います。

自分がちょっと嫌だと思っていることって、どうなんだろう。このまま我慢をしたほうがいいのかな。そんなふうに感じている人に読んでほしいですね。その我慢は、たいていの場合、する必要のないものだったりするので

 ハミ山さんの母親が、期せずして娘に与えたものは、その自立する心と、何事も俯瞰(ふかん)して見ることができる視線だろう。いちばん、渡したくなかったものでもあったのだろうが。

(取材・文/木原みぎわ)