衝撃だったのは、廷内のモニターに映し出された、河川敷現場の監視カメラの映像だった。暗闇の中、堤防下の狭い道を、自転車を押しながら逃げるアイさんの影と、その後を追う渡邉さん。アイさんの前に突然、まぶしい光と人影が立ちはだかり、すぐに渡邉さんの背後にも光が近づき、2人は前後を挟み撃ちにされた。
「怖かった、怖かった、殺されると思った」と、アイさんから何度も聴いていたが、その恐怖を初めて実感した。わずか2分の映像、アイさんの動く速度に比べて、後ろをついてくる渡邉さんは遅い。81歳の高齢の身で懸命に走っていたのだろう。涙で目がかすんだ。その映像が唯一、初めて私が見た渡邉さんで、生きて動いている最期の姿だった。
冒頭陳述で、A、B弁護人とも「傷害致死罪の共謀成立」は争わないとしたが、「被害者をからかい、その反応を楽しむ目的だった。石を身体に当てたり、けがをさせたりするつもりはなかった」と主張した。
「殺されると思って必死に逃げました」
争点は、(1)石を投げようと思った時期、(2)元少年Bの投石内容、(3)犯行後の口止めの有無、など。が、検察との攻防より、AとBの言い分が対立し、仲間われの泥仕合を見るような場面もあった。
第2回公判では、アイさん自身が、検察側証人として出廷。「きちんとした格好でいかなくちゃ」と、グレーのスカートスーツ姿で臨んだ。傍聴席や被告人らからは、姿が見えないよう、衝立が置かれた。
まず、ホームレス生活をするようになったきっかけについて問われ、「アパート生活をしていた45歳くらいのとき、ストーカーにあい、私が飼っていた犬と一緒にアパートを出て、河川敷で生活するようになりました」とアイさん。
渡邉さんとは、お互い猫のえさやりのボランティアをしていて、知り合ったという。
「20年前、48歳ころです。それから、渡邉さんとはずっと友達関係で、お互いを助け合いながら、命を守りながら、生活してきました」。
昨年3月に入って襲撃が続いていたことについて、「もう毎日のように、どんどんエスカレートして怖かった。殺される!っていう不安が毎日あって、生きた心地がしませんでした。夜、テントに入って身体は横にしていても、目は開いてました。また来る!という恐怖で、眠れませんでした」と、語った。
事件の夜、テントの横にある板にコツンと音がして「来たぞ!」と渡邉さんが叫んだ。アイさんは警察に110番通報するために、急いで公衆電話へと向かった。
「堤防の上から男が小走りで降りてきて、目の前に立ち、ライトを当て、自転車の車輪を、足で何度も蹴ってきた。怖くて『渡邉さん!』と叫んだら、渡邉さんが後ろから走ってきて、鉄の棒を振り上げる動作をして、威嚇し、男を追い払った」という。
男は二度、立ちふさがり『今日は逃がさんぞ、ババアに用がある』などと言い、アイさんは「とにかく怖くて怖くて、殺されると思って、必死で逃げました」と話した。
堤防を下り、しばらく走ると背後から「シッコたれとるぞ!」と声が聞こえ、振りむくと渡邉さんが仰向けに倒れていた。近くにいた男二人は、顔を見合わせて逃げて行った。アイさんの話は1年前の取材時と、全く変わっていない、一貫していた。
「渡邉さんは本当に心の優しい人で、石を投げ返したことも、鉄の棒を持っていたのも、命を守るためで、自分からは絶対に暴力をふるったりする人ではありません」
A、Bは衝立の後ろで、じっとアイさんの言葉を聴いていた。「最後に被告人たちに言いたいことは」と問われて、アイさんは叫ぶように言った。
「私たちをなぜ、狙ったのか! そして、何の落ち度もない渡邉さんを、なぜ殺したのか! 私は、それを聴きたいです!」