判決を受けて、アイさんは記者会見を開いた。

「こんな判決では渡邉さんにいい報告ができない。犯人たちは言い逃れをしたり、本当のことを答えているようには思えない。ひとつの石の重み、その痛みを、わかっていない。私は許せないし、許してはいけないと思う。こうした(ホームレスを襲う)事件が後を絶たないし、ずっとくり返されて、なくならないから」

 今後、被告2名だけでなく、一連の襲撃に関わったほかの元少年たちも対象に、損害賠償を求めて民事訴訟を起こす意思を明らかにした。

判決が出た渡邉さんの命日に、河渡橋下の献花台で祈るアイさん
判決が出た渡邉さんの命日に、河渡橋下の献花台で祈るアイさん
【写真】事件直後、あちこちに散らばる投石のあと

渡邉さんから与えられた“課題”

 私は刑の年数よりも、判決内容そのものに疑問と不満が残った。

 まず判決では「石や土の塊を投げつける暴行自体は、人を死亡させる危険性が高いとはいえない」と、弁護人の弁明をそのまま採用していたことに驚いた。

 また、渡邉さんは「ホームレス」だったからこそ、見下され、命を落としたのに、判決には、事件の根底にある「ホームレスへの差別意識」について、ただのひと言も触れられていなかった。

 全5回の審理では、主に投石行為等の事実・経緯確認に集中し、被告の内面、心理を明らかにすること、Aはなぜどのように「ホームレス」を見下していたのか、Bは自暴自棄な心の虚しさを、なぜ「河渡橋のホームレス」にぶつけるようになったのか。根本的な動機に、迫っていくことは、残念ながらなかった。

 さらに事件当日の襲撃のターゲットは渡邉さんではなく、女性であるアイさんであったが、なぜ「ババアに用がある!」と彼女に執着し、執拗に追い回したのか。「ホームレス」の「女性」に対する明らかな「性的ハラスメント」であるのに、その点も、不問に付された。

 一方で裁判をとおして、より明らかになったのは「教育の責任」だった。

 事件の発端は、Bが中学時代に聞いたという後輩の襲撃談だった。河渡橋での10年前のテント放火も、小学生の投石事件も、発覚した時点で、少なくとも近隣の小中学校で「ホームレス」問題の人権教育に取り組むべきだった。けれど重大事として扱われないまま、火種は「噂」となってくすぶり、数年後、Bの記憶から再燃し、猛火となってしまった。

 裁判所にも、警察にも、学校にも、親たちにも、くり返し言いたい。

「投石」を決して軽く見てはならない。家を持たない路上生活にはそれがどれほど危険なことか、子どもたちを容易に「人殺し」にしてしまう。結果、この25年間で24人もの野宿者が命を奪われてきた。襲撃を止めるためには、我々大人がまず「ホームレス」問題と真摯に向き合い、正しい知識を伝える教育に取り組むことが急務で不可欠なのだ。

 裁判に先立ちアイさんは、大阪で野宿者への「子ども夜回り」活動を続けている「こどもの里」に講師に招かれ、子どもたちの前で初めて事件について語り、ホームレス経験についても話した。「かわいそうだった。アイさんの家ぞくがなくなっているみたい」「わたなべさんをいきかえらせてあげたい」といった感想が寄せられた。

 襲撃をなくすため、アイさんは今後、小中学校などにも話に行きたいと意欲を示す。

 閉廷後、アイさんと一緒に河渡橋へ向かった。渡邉さんの墓石のまわりは、花や供物が途絶えることがない。アイさんが言う。

「渡邉さんと私の縁は、渡邉さんが殺されたことで、20年で途切れてしまったけど、かわりにこの1年で、こうしてたくさんの人との縁ができた。これは、人間嫌いだった私に、渡邉さんがつなげてくれた縁なんだと思う。裁判に立つこと、いろんな人とつながっていくこと、一つ一つが、渡邉さんから与えられた“課題”なんじゃないかなって、今は思う」

 渡邉さんとアイさんは、家(住居)を持たないハウス・レスだったが、互いを尊重し、あるがままの自分でいられる、心が還る居場所「ホーム」が、ここにあった。

 一方、家はあっても夜な夜な彷徨い、暗い遊びに高じていった少年たちのほうが、拠りどころとなる居場所を持てない、心の「ホーム・レス」だったのかもしれない。


北村年子(きたむら・としこ)◎ノンフィクションライター、ラジオパーソナリティー、ホームレス問題の授業づくり全国ネット代表理事、自己尊重ラボ主宰。 女性、子ども、教育、ジェンダー、ホームレス問題をおもなテーマに取材・執筆する一方、自己尊重トレーニングトレーナー、ラジオDJとしても、子どもたち親たちの悩みにむきあう。いじめや自死を防ぐため、自尊感情を育てる「自己尊重ラボ Be Myself」を主宰。2008年、「ホームレス問題の授業づくり全国ネット」を発足。09年、教材用DVD映画『「ホームレス」と出会う子どもたち』を制作。全国の小中学・高校、大学、 専門学校、児童館などの教育現場で広く活用されている。著書に『「ホームレス」襲撃事件と子どもたち』『おかあさんがもっと自分を好きになる本』などがある。