日本社会特有の“生きづらさ”
コロナ禍で困窮するシングルマザーは何も非正規だけに限らない。
正社員のその女性は、1時間ほど電話で話をしたところで、急に込み上げてきたのか、涙声になった。
「これまでの人生、どんなにつらくてもなんとかなると思って生きてきた。今は本当にきつい。死にたいくらいになっちゃう。でも、子どもの顔を見たらやっぱりできない。夜にひとりで深酒をしてしまい、それぐらい気持ちが落ちるときはあります」
そんな胸中を吐露した山口幸恵さん(41=仮名)は現在、東京・足立区にある家賃8万7000円のマンションで、保育園に通う5歳の息子と2人暮らし。夫とは4年前に離婚した。夫の浮気が原因で、問い詰めたら髪をつかむ、蹴るなどの暴行を受けたため、逃げるようにして現在のマンションへ移り住んだ。
山口さんの仕事は、大手生命保険会社の外交員だ。短大入学を機に東北から上京し、新卒で入社して以来、勤続20年を超える。法人向けの営業を担当し、年収は多いときで1600万円にも上った。
母子家庭になり、夫からの養育費もなかったが、外交員としての収入だけで生活は安定していた。ところが昨年4月上旬に出された緊急事態宣言で、取引先の法人に対面営業することができず、新規の契約が一切取れなくなった。
「営業がすべてリモート対応で、Zoomやメールでは新規の募集はさすがに難しい。保険内容の見直しだと手数料が安く、新規を取らないとダメなんです。その見直しですら断られるようになって自信を失い、さらに契約が取れないという悪循環に陥ってしまいました」
宣言以降、会社の補償制度で月収28万円は確保できていたが、11月からはそれもなくなり、基本給にこれまでの契約手数料が上乗せされる形で17万円まで減収した。保険の外交員は、基本給が抑えられているため、歩合給で稼げなくなると途端に収入が激減する。転職という選択肢も脳裏をよぎったが、正社員で福利厚生も充実し、長年続く得意先との関係もあるため、そう簡単には辞められない。
「仕事以外の収入は児童扶養手当です。2か月に1回、4万5000円が支給されていますが、それでも月々の収入は20万円を切ります」
おまけに、離婚の際に消費者金融から借りた弁護士費用や引っ越し代金の返済が約300万円残っている。月々の利息分2万5000円を支払うのが精いっぱいで、元本は一向に減らない。生活費は5万円を下回り、実家からの仕送りに頼ったときもあったと、山口さんが振り返る。
「着ていなかった洋服をリサイクルショップで大量に売ったのですが、26円にしかならなくて。あまりの安さに文句を言ったら“もう査定は終わりましたので”と告げられ、しぶしぶお金を受け取りました。結婚指輪は名前が入っていたので2万円、ネックレスも5万円で売りました。バツイチなので、もう必要ないですから」
山口さんの職場は副業が禁じられているが、そうも言っていられないため、1月下旬からアルバイトを始めた。仕事はコロナ対策を実施している飲食店の点検で、自分のペースであいた時間にできるため子育てしながらでも可能だ。
「コロナ前は1か月に70万〜80万円もの収入があったんです。そこから階段を転げ落ちるような人生を送っています。コロナによって、自分がこんなにも無力な存在であることに気づかされました。子どもには習い事もやらせてあげたい。大きくなるまでに、元どおりの生活ができるよう頑張りたいです」
政府は3月半ば、ひとり親世帯や所得が低い子育て世帯に対し、子ども1人当たり5万円を給付する方針を固めた。子育て世帯向けの給付金はコロナ禍で3度目だが、今回はふたり親世帯も対象とする。給付金は、一時的には家計の足しにはなるだろうが、母子家庭の貧困問題を根本から解決することにはならない。いわば、その場しのぎだ。
働きながら子育てをする女性の割合は7割を超え、「女性活躍」も叫ばれて久しい。一方で、森喜朗元首相の女性蔑視発言が表すように、男性中心社会の弊害は根深いものがあり、「世界経済フォーラム」の最新調査によれば、日本の男女格差は156か国中120位。格差は非常時にはむき出しになり、日ごろから弱い立場に置かれたシングルマザーは、より不安定な状況に追い込まれる。
コロナによってあぶり出されたのは、女性たちが抱えていた日本社会特有の“生きづらさ”だった。第4波の到来が予想される中、彼女たちはまたもや仕事探しに奔走するしか道はないのだろうか。