母親は「運転免許はない」と断言

 事件は19年9月23日午前0時38分ごろ発生した。美和さんが「助けて」と110番通報して事件が発覚。犯人は小林さん宅に侵入し、2階の寝室に直行。光則さんの胸や美和さんの首に刃物を突きつけて殺害した後、子ども2人の部屋に押し入り、足や腕などを切りつけた。

 茨城県警は昨年11月に硫黄所持の件で岡庭容疑者を逮捕した際、自宅から押収した化学薬品や刃物、衣類など約600点を調べたところ、岡庭容疑者の殺人関与の疑いが強まった。

 しかし、岡庭容疑者と小林さん一家に「接点はない」という。そうだとしたならば不可解な点が多い。

 現場は、うっそうと生い茂る雑木林の中。周囲には畑が広がり、近くの民家までは約300メートル離れ、そこだけぽつんと孤立している。雑木林の中へ通じる道が1本だけ開かれているが、その入り口に立つと、奥には物置の小屋や廃屋が見えるだけで、その先に小林さん一家が住んでいた一軒家があるかどうかまでは肉眼ではわからない。

 しかも犯行時間帯は真っ暗な未明で、激しい雨が降っていた。今年2月の同じ時間帯に現場を訪れた時は、雨は降っていなかったものの、辺りは真っ暗闇に包まれていた。初めてこの場所を訪れたのであれば、雑木林の中に家があるなどとは想定できない。岡庭容疑者が犯人であるならば、事前に家の場所を把握していないと不可能だろう。いったいいつから小林さん宅を狙っていたのだろうか。

 三郷市にある岡庭容疑者宅から現場までは直線距離で約40キロあるが、未明の時間帯にこの現場まで足を運ぶ交通手段も不明だ。しかも母親は、「(岡庭容疑者は)免許証を持っていない」と断言している。電車の最寄り駅は約12キロ離れているため、そこからタクシーに乗った可能性もあるが、事件当時タクシー会社から目撃情報は出なかったという。

 また、容疑者はサイクリングが趣味といい県警は自転車で移動したと見ているようだが、事件当日は激しい雨が降っていた。雑木林のぬかるみを進むのはたとえスポーツタイプの自転車でも困難な道のりだ。であれば小林一家の民家に、「免許証なし」でどのようにしてたどり着いたのか。そもそも「接点がない」小林一家の民家に、なぜ向かったのか。

 逮捕後、岡庭容疑者は容疑を否認しているという。茨城県警の今後の取り調べに注目が集まりそうだ。


取材・文/水谷竹秀
ノンフィクションライター。1975年三重県生まれ。上智大学外国語学部卒業。カメラマンや新聞記者を経てフリーに。2011年『日本を捨てた男たち フィリピンに生きる「困窮邦人」』で第9回開高健ノンフィクション賞受賞。近著に『だから、居場所が欲しかった。バンコク、コールセンターで働く日本人』(集英社文庫)など。