さらに、わたしが聞いてもいないのに、「年金が使い切れないの」とうれしそう。そんなことを人に言うなんて、自分からお金を差し出しているようなものだ。昨今は、物騒なご時世だ。ひとり暮らしのお年寄りの寂しさにつけ込んでくる若者もいると聞く。うちの90代の母もアポ電詐欺に引っ掛かったことがあるが、もしかして、ひとり暮らしで寂しかったからなのかなと、今になると思う。

 花子さんの話を聞いていると、すでに巧みに彼女に近づいている近所の人もいるようだった。危ないと思うが、根拠がないのでそこまで踏み込んでいいものか否か。

養女をもらい財産を相続させる人も

 おひとりさまが多いSSSネットワーク会員の中には、85歳ぐらいになると、養女をもらい自分の財産を相続させる人が出てくる。養女になる人は財産を全て相続できる。一方、ひとり身の高齢者は自分の面倒を見てもらえる。そこでお互いに握手というわけだが、実際はそう簡単ではなさそうだ。

 実際に養子縁組をした93歳の方に「これで安心ですね」とわたしが言うと「いろいろありますよ。でも、お世話になるのだから我慢しないとね」と小さく笑った。養女になる人を悪く言う気はないが、お金の臭いがプンプンするのはわたしの気のせいか。ひとりで気楽に生きてきた最後の最後で、欲深い他人の標的になるとは、誰が予測できただろうか。

 ひとり暮らしのある高齢女性が病気で入院していたとき、どこで聞きつけたのか知らないが、大昔の同級生がひょっこりお見舞いに来て、1000万円あげた話も聞いた。いくら気丈な人でも、人との接触もなくひとりで暮らしていると、言い知れぬ寂しさに襲われるのかもしれない。ましてや、老いて身体が弱ってくればなおさらだ。 

 いくら余るほどの年金をもらっていても、使えないほどの預貯金があっても、心の寂しさを埋めることはできない。

 花子さんには言わなかったが、あなたの預貯金をコロナ禍で生活に困っているシングルマザーに寄付してあげたらと心の中で思った。このままだと、ガースーのところに行ってしまう。ああ……まったく、バランスの悪い世の中だ。

 90歳前後の方たちを見させていただくうちに、今は“ひとり孤独を愛す”などとかっこつけているわたしだが、果たして、その年になったときにも同じ心境なのか。まったくもって自信がない。

 花子さんの遺言書のことは、これ以上かかわらずに、民生委員につなぐつもりだ。結果的に彼女の財産がガースーに行くことになっても、他人のわたしがやきもきすることではないし、それはそれで彼女の人生なのだから、尊重しようと思う。

 世の中にはいろいろな人がいる。「立つ鳥跡を濁さず」ではないが、遺品整理人に死後の片づけを依頼して律儀にあの世に旅立つ人もいるかと思えば、何もせずに、ただ飲んで食べて、お金も残さずにあの世に旅立つ人もいる。どっちにしても、終点は「死」なので、自分の好きなように生きるのが一番。


<プロフィール>
松原惇子(まつばら・じゅんこ)
1947年、埼玉県生まれ。昭和女子大学卒業後、ニューヨーク市立クイーンズカレッジ大学院にてカウンセリングで修士課程修了。39歳のとき『女が家を買うとき』(文藝春秋)で作家デビュー。3作目の『クロワッサン症候群』はベストセラーとなり流行語に。一貫して「女性ひとりの生き方」をテーマに執筆、講演活動を行っている。NPO法人SSSネットワーク代表理事。著書に『老後ひとりぼっち』『長生き地獄』『孤独こそ最高の老後』(以上、SBクリエイティブ)、『母の老い方観察記録』(海竜社)など。最新刊は『わたしのおひとりさま人生』(海竜社)。