美人というのはね、条件は猫背です
NHKの専属からフリーになったころかしら。後に、日本人として初のノーベル文学賞を受賞する川端康成先生とご一緒したことがあった。
京都で講演の仕事が入ったのだけれど、その講師というのが、当時大人気だった俳優のフランキー堺さんと、川端先生。そして私。私のテーマは女性目線で野球を語るというものだった。いま考えると不思議すぎる面子よね。
スタッフを含め、みんなで列車で京都に向かったのだけど、当時私は右も左もわからない新人だったものの、川端先生が偉大な方ということはわかる。『雪国』や『伊豆の踊子』なら私だって拝読している。全員がおそれ多いと敬遠して、誰も川端先生の隣に座りたがらない。というわけで、いちばん年の若い私が川端先生の隣に座ることになってしまった。
車窓の風景が目に入ってこないくらい硬くなっていると、「美人というのはね、条件は猫背です」と、突然、川端先生が私に話しかけてくださった。「美智子さまをご覧なさい。あのたたずまいの美しさといったら」
唐突な話題に面食らっていると、「あなたも少し猫背ですね」って。あとで思えば褒めてくださったのかもしれない。だけど、緊張してそれどころじゃない。フランキーさんの名ゼリフじゃないけれど、私も“貝になりたかった”……。
なのに─。講演が終わると、川端先生とふたりきりで京都御所を散歩することになった。お相手のできる人がいないってことなんだろうけれど、私だっておそれ多くて話すことなんてない。私は、内心「生贄みたい」と思いながら、しとしと雨がちらつく中を相合い傘。無言で散策したことを、時折、小雨が降ると思い出す。
冨士眞奈美 ●ふじ・まなみ 静岡県生まれ。県立三島北高校卒。1956年NHKテレビドラマ『この瞳』で主演デビュー。1957年にはNHKの専属第1号に。俳優座付属養成所卒。俳人、作家としても知られ、句集をはじめ著書多数。
〈構成/我妻弘崇〉