自殺現場のリアルを写真集で再現
岩場に体育座りをし、顔をうつむけた男性が写真に収まっている。目元はモザイクがかかり、グレーのパーカに黒いズボン、白いスニーカーを履いている。隣には黒いリュックサック。
写真の下にはこんな説明が添えられている。
《新型コロナ禍の影響で仕事に就けず、蓄えも無くなりアパートの家賃も払えなくなったことからアパートを追い出され、頼るところが無いため自殺しに来た》
別のページの写真は、西日が当たるベンチに座る男性の後ろ姿。ジャケットを羽織って野球帽をかぶり、すぐ目の前の波打ち際を眺めている。荷物は写っていない。
《中学時代に受けたイジメがトラウマになっており人間恐怖症になり、就職しても友達ができず、いつも孤立の状態であり、将来が見えないため自殺しに来た》
これは茂さんが今年3月に出版した写真集『蘇 よみがえる』の一部だ。収録されたのは17人で、いずれも茂さんたちが昨年、パトロール中に遭遇し、声をかける前に撮影したリアルな現場の様子である。全員から同意を得たうえで掲載した。
厚労省の助成を受けて500部を刷り、ボランティア団体や全都道府県と全政令指定都市の自殺防止対策を担当する部署に送った。
そのまま放置したら自殺をするかもしれない直前の姿を写真集にするのは、やや過激ではないか。その意図について、茂さんはこう説明する。
「私たちの活動に対し“なぜ自殺を考えて来た人だとわかるのか?”、“声をかけたときの相手の反応は?”という質問が多く寄せられています。その声に答えるべく、自殺をしにきた人々のオーラを写真集にしました」
事務局長の川越さんが、
「もうすぐ80歳に手が届きそうなのに茂さんのあのパワーは何だろうな? と思います。まだまだ挑戦したいことがいっぱいある」
と語ったように、茂さんは自殺防止に向け、今後も活動の幅を広げる意気込みだ。
日本の自殺者は'14年に3万人を下回り、10年連続で減少した。昨年は新型コロナの影響で前年から微増し、芸能人の自殺も相次いだ。とはいえ3万人超えが連続していた当時に比べれば、明らかな改善と言える。
この背景には、民間団体による取り組みの力が大きいと、厚生労働省自殺対策推進室の担当者は認める。
「行政にはパトロールの人員を配置するほどのマンパワーやノウハウがありません。自殺対策においてはその隙間部分を、民間に頼らざるをえないのが現状です」
これだけ自殺が社会問題化しながら、その解決を民間の力に依存し続けてきたのは、日本政府の失策と言わざるをえない。そんな「自殺大国ニッポン」の姿は、折れた心に寄り添い続けた「命の番人」にとって、どう映るだろうか。茂さんが語る。
「頑張り主義や競争社会によって精神的に追い込まれるのが、そもそもの原因だと思います。子どものときから英才教育を受けさせ、学業成績が落ちると叱る。そんな空気感が蔓延した社会構造に問題があるのではないでしょうか。いわゆる貧困からきているわけではないでしょう」
競争社会は必ずしも人間の幸福につながるとは限らない。むしろ足の引っ張り合いをするだけだ。そう頭ではわかっていながらも、いまだに日本社会は「勝ち組」と「負け組」を分ける境界線が暗黙のうちに敷かれている。ゆえに自分と他人を比較し、劣等感や自信喪失、厭世観に苦しむ。そうして負のスパイラルから抜け出せない人々が、東尋坊を目指すのではなかろうか。
そんな彼らに対し、茂さんはこう包み込む。
「夢を持て、希望を抱けと言いますが、そういうことじゃない。食べるだけあればいいんです。無理したらあかん。自分の楽しみを探せ。楽しみがなければここ1週間、あるいは1年で楽しかったことは何だろうかと考えてみる。例えば正月や盆に、家族みんなが丸い心で過ごせる。そんな楽しみが、夢であり、希望であるべきなんです」
東尋坊を案内してくれた日の夕暮れ時、1本の電話が茂さんにかかってきた。茶屋の椅子に座り、受話器を耳に当てながら茂さんが語る。その内容から、4年ほど前に東尋坊で茂さんに救われた男性が、今回は父親との関係に悩んで相談してきたようだった。
ため口だが、どこか人情味を感じさせる茂さんの声が、店内に響き渡る。
「そんなこと言ったらあかん。そしたらわしがあなたのお父さんと1回、談判するか?」
「そんなブラック企業みたいなところ行くな。早くおさらばせなあかんって」
「大丈夫や! 生きる道はある。アホなこと考えるなよ!」
川越さんらスタッフが店じまいをする中、茂さんの電話相談は40分ほど続いた。
「わしがなんとかしてやる!」
茂さんは今日もまた、双眼鏡を手に、岩場をパトロールしている。
日本とアジアを拠点に活動するノンフィクションライター。三重県生まれ。カメラマン、新聞記者を経てフリー。開高健ノンフィクション賞を受賞した『日本を捨てた男たち』(集英社)ほか、著書多数