ユーチューバーとしてプロの技を伝授
決して後ろを振り返らず、未来志向で塗り固めてきた“人生のひだ”が、彼女の笑顔にはにじみ出ているのかもしれない。
羽田空港のカリスマ清掃員として名を馳せた新津さん。世界一と認められた技術を一般家庭にも広めたいと、会社に提案し、'18年7月にハウスクリーニング事業が立ち上がった。
現在は講演や取材依頼、業界新聞の連載執筆などで多忙を極めているが、月に数回は一般家庭に出向き、世界一の腕前を披露している。これまでルーティンでこなせていた現場との違いに、戸惑うこともあるようだ。
「空港内の汚れる場所は大体決まっているんですが、家庭はそうもいかないんです。奥様が隅々までチェックするから、ミスはすぐにばれます」
と新津さんが破顔一笑した。このほか電車の駅構内や商業施設などで清掃に関するアドバイザーも務め、仕事の幅はどんどん広がっていった。
「80歳まで働き、100歳まで生きる」との目標を掲げ、邁進し続ける新津さんだが、新型コロナウイルスの感染拡大が、また転機をもたらす。
羽田空港の乗客数は2019年、1日当たり平均約23万人だったのが、翌年には65%減の約8万5000人まで落ち込んだ。空港内の清掃人員もそれほど必要なくなり、「暇になるとイライラする」からと会社に相談したところ、ユーチューバーとしてデビューする話が持ち上がった。
チャンネル名は、「新津春子のやさしいお掃除チャンネル」。登録者数は7月半ば時点で約1万6600人。家庭でもできるプロの技を伝授しようと、昨年夏に始まり、これまでに40本の動画がアップされた。おなじみの真っ赤なユニフォーム姿の新津さんが、トイレや台所などの水回りからコロナ対策まで、掃除術を実演してくれるのだ。
洗面台の掃除は再生回数が30万回、トイレ掃除は11万回と、なかなかの再生回数を記録している。
そしてもう1つ、コロナを機に新津さんが考案した新たな事業が今、立ち上がろうとしている。しかも清掃とは異なる老人福祉の分野だ。
「例えば90歳の残留孤児がいたとして、この人たちは日本人と生活が合わないから、老人ホームに入りたくない。すると子どもが親の面倒を見るから働けなくなって生活保護を受ける。こういうケースが増えるのはよくないです」
新津さんが説明しているのは、残留孤児が直面している高齢化問題である。老後の生活への不安は高まっており、そのニーズに応えられる支援事業が求められていた。
新津さん自身の両親も70代半ばで、日本語はできない。そうした事情も念頭にあったのかもしれないが、その先見の明は、彼女を新たなステージへ導いていた。
「会社に提案したらOKもらえました」
戦争によって中国で生まれた子どもが日本で世界一の清掃員になり、そして今度はコロナを機に、両国の懸け橋になろうとしていた。それが彼女にとっての「日中国交正常化」なのかもしれない。
前を向いて挑み続けるその生きざまは、どこまでもたくましく、そしてやさしさにあふれていた。
(取材・文/水谷竹秀)