陸上・山縣亮太選手

「“東京で開かれるオリンピックに出場することが夢だ”と、大学時代から話していました。みんなそれを信じて疑いませんでしたが、それがとうとう叶うんですね……」

 東京五輪に陸上競技で出場する山縣亮太(やまがた・りょうた=29)の元チームメートは感慨深そうに語る――。

 7月23日20時より、いよいよ東京オリンピックの開会式が新国立競技場で行われる。

 新型コロナウイルスの影響による史上初めての1年延期を経て、57年ぶりとなる東京での開催。大会では史上最多の33競技、およそ200の国と地域から1万人あまりの選手が集う。

 そんな自国開催で日本選手団の主将を務めるのが、陸上競技に出場する山縣亮太だ。副主将の卓球・石川佳純(28)とともに、開会式では選手宣誓を務める予定だ。

「山縣のオリンピック出場は、2012年のロンドン、2016年のリオデジャネイロに続いて3回目。前回大会では男子400メートルリレーで飯塚翔太、桐生祥秀、ケンブリッジ飛鳥とチームを組んで一走を務め、見事に銀メダルを獲得しました。

 実力は誰もが認めていましたが、“10秒の壁”を長年突破できなかった。それが、今年の6月に男子100メートルの日本記録を塗り替える9秒95をマーク。土壇場でオリンピックへの切符を勝ち取りました」(スポーツ紙記者)

 そんな注目を集める山縣の学生時代を知る人物から話を聞けた。慶応義塾大学の陸上部時代に同期でチームメートだったという冒頭のAさん(29)だ。

「彼は当時から一流のランナーでしたが、それを感じさせないほど気さくで、ペラペラよく喋る奴でしたね」

 部内で彼を悪く言う人は誰もいないほど、周囲から好かれていたという。

うちの陸上部には山縣のような一流選手だけでなく、初心者でも入ることができました。山縣は誰に対しても驕ることなく、後輩にも積極的に声をかけていました。少し喋れば人間味が溢れ出すような、そんな奴なんです。誰とでも仲良くなれるので、選手団でもうまくやれていると思います」(Aさん、以下同)

 大学でも主将を務めていたという山縣。当時から陸上に注ぐ情熱は尋常ではなかったようで、

「とにかくストイックでしたね。学生時代も遊びに怠けることなく、常に陸上と向き合って日々、鍛錬を積み重ねていました。

 大学卒業後も陸上を続けられる人は少ないですし、その上、成功できる選手はほんのひと握り。そんな中で、自分を追い込んで努力し続けて3回もオリンピックに出場している。同期の仲間ながら、人として尊敬しています」

 この一年間はコロナ禍で誰もが不安な日々を送っていた。そんな中、Aさんは山縣と久しぶりに会うことに。

「昨年の秋ごろ、同期の結婚式で再会しました。当時は東京五輪の延期も決まり、コロナの影響で開催すら危ぶまれている状況でした。

もちろん本人も気にしていましたが、“今はとにかく目の前のことを淡々とやるだけ”という感じでしたね」

 そしてとうとうやってきた本番。友人の晴れ舞台に、Aさんもワクワクが止まらないという。本人に伝えたいメッセージを尋ねた。

選手として、友人として本当に尊敬できるし、誇りに思っています。

 自国で開催する五輪への出場は一生に一度の経験、これ以上ない大舞台。とにかく、周りのためとかではなく、自分自身のために全力で走り抜いてほしいです

 大会直前のインタビューでは「9秒台で駆け抜けて決勝にいきたい」と抱負を語っていた山縣。まずは、開会式での雄姿が楽しみだ!