「コロナに感染しない自信がある」と豪語

 夫の身勝手な行動はさらにエスカレート。夫は喫煙者で1日2~3箱も消費するヘビースモーカーですが、家族の前では吸わない約束でした。しかし、昨年の3月中旬、夫は煙草のにおいにまみれて帰宅。嫌煙家の陽子さんにはわかりました。夫は複数人がタバコを吸う密閉された空間に長時間いたことが。そこで「どこに行っていたの? パチンコ、カラオケ、それとも(喫煙可の)喫茶店!?」と疑いの目を向けたのです。

 しかし、夫は「自粛、自粛って何なんだよ? うつるかどうかなんて運だろ!?  俺はうつらない自信があるから行くんじゃないか!」と豪語。行きつけのスナックで歌ったり、踊ったり、騒いだり……十分に楽しんでいたことを暗に認めたのですが、これは昨年4月、接客やアルコール提供をともなう飲食店は「夜の街」というレッテルで一括りにされ、真っ先に自粛要請の対象に加えられたころの話。夫はわざわざ闇営業の店を探し出したことが明らかになったのです。

 陽子さんは「何のための自粛期間なの? ステイホームしなきゃダメなのに!」と叱りつけたのですが、夫に反省の色はなし。さらに「お前がコロナコロナって言うからこっちは息が詰まるんだよ。息抜きして何が悪い!」と陽子さんのことを自粛警察扱いする夫。陽子さんは「話にならない!」と憤り、「ああ言えば、こう言う」夫に話しかけるのが億劫になり、夫婦間の口数はますます減るばかり。

 極めつけは今年に入って始まったワクチン接種をめぐる夫婦喧嘩です。区役所からワクチン接種の封筒が届いたのは5月中旬。陽子さんは役所に既往症のことを伝えていなかったのですが、それなのに届いたことに感謝するばかりでした。

 保健所での集団接種の案内で、夫婦ともに65歳を超える2人は最短で1か月先の予約が可能でした。感染対策をしない夫と衣食住をともにする陽子さんにとって願ってもない朗報。陽子さんと夫が無事にワクチンを接種すればひと安心でしょう。筆者は「これでコロナ前の生活に戻れますね」と勇気づけたのですが……。

 善は急げ。満席になる前に予約すべく、陽子さんは夫に投げかけたのです。「私が代わりに予約してあげようか?」と。筆者は「なぜ、あれだけ嫌っていた旦那さんのために、わざわざ動いたのですか?」と尋ねると、陽子さんは「主人のためではなく、私のためですから」と答えます。感染対策が十分な陽子さんと不十分な夫。もし、夫がウイルスを持ち込み、陽子さんが家庭内感染したら一巻の終わり。それを防ぐことができるのがワクチン接種。陽子さんだけでなく夫の接種も必要なのです。しかし本音を見透かされたのでしょうか、夫はまた天邪鬼な態度をとり……。

「何回言ったらわかるんだ。俺には(ウイルスが)うつらないんだよ。だからワクチンを打つつもりはない!」

 夫がコンビニで目にしたのは雑誌の「ワクチン接種後の死者リスト」という記事。年齢や性別、基礎疾患(糖尿病、高血圧、不整脈など)や接種日から亡くなるまでの期間などを箇条書きにしたものでした。コロナウイルスを大して恐れていない夫ですが、ワクチン接種による副反応は恐ろしいようで、血相を変えてそう言ったのです。

「(ワクチンを)打って死ぬのと、(ウイルスに)かかって死ぬのと、どっちの確率が高いと思っているんだ。打たないで、かからなければ、絶対に死なないぞ。俺はそっちに賭けるんだ」

 ワクチン接種後に死亡した例は数多く報告されていますが、厚生労働省の発表では因果関係を結論づけられた事例はないとされています。筆者は「感染してみなければ、接種してみなければ、どちらにせよどうなるのかはわかりませんよ」と内心、思ったのですが、ワクチンを拒否する夫はまるで「どうせ死ぬならウイルスに感染したほうがましだ」と言わんばかり。ウイルスに感染したら、夫は賭けに負けるので、ずいぶん勝率が悪い勝負ですが、そのことがわかっていないようです。

 陽子さんは最初のうち、夫を説得してからワクチンを接種しようと思っていました。しかし、何回話し合っても、言葉を何往復交わしても、長男を窓口にしても、いっこうに結論は出ず。夫は「勝手にしろよ!」と激怒したそうですが、「主人のことを無視して、ひとりで保健所へ行きましたよ」と陽子さんは顔を赤くして言います。

 そして6月に入ってから1回目、2回目の接種を済ませたのですが、副反応は腕が腫れたり、微熱が出たり、倦怠感があったりする程度。「1週間も経たないうちに症状はなくなりましたよ」と陽子さんは回顧します。結局、夫の言うような命にかかわるような重い症状は現れずに終わりました。