また、中村にも健さんとの大切な思い出があるそう。
「健さんから『玉緒さんとご飯をご一緒したい』と直接電話がかかってきて、ある有名ホテルの中華料理店にお招きいただきました。同じテーブルには、健さんのご友人の散髪屋さんや、メガネ屋さんが座っていて、芸能界の関係者はひとりもいないんです。『僕はね、俳優とご飯を食べたくないんですよ』とおっしゃっていたのが印象的でしたね。でも、私はなんでよかったんですかね。もう1度くらいお食事に行きたかったです」
中村は今でも、携帯電話のメモリーから高倉健さんの電話番号を消せずにいる。
“勝新太郎の妻”として立派に死にたい
妻・玉緒の口から語られる“人間・勝新太郎”は、とてもチャーミングな男性だ。
「主人は人のために動くのがとても好きな人。飲みに行けば全員分の勘定をしたり、見知らぬタクシーの運転手さんに多めに運賃を支払ったり、他人の借金も背負ったり……人から漏れ伝わる主人の話を聞くと『そりゃあ14億円も借金しますわ!』と笑うしかありません。他人にも自分にも甘いというか、優しい人やったんです」
14億円という数字は、勝新太郎という人物のスケールの大きさを表しているようにも思える。そしてそれを全額返済し、笑って話せる中村もまた、同じ器の持ち主なのだ。
勝さんは、借金だけでなく、世の中にさまざまな話題も提供した。そのため中村には、破天荒な夫の動向に黙って耐える妻、というイメージもできた。
「いろいろなことを言われてね。みなさん、面白がって適当なことを言わはるでしょう。嘘も多いですね。でも、私はじーっと、反論しないで、一晩寝たら忘れるの。
本当にいろいろありましたけど、私は『勝新太郎の妻でよかった』と思っているんです。
私は昔からズバッとした男っぽい性格なんだけど、主人のほうが柔らかい、女性的な性格だったと思います。だから、合ったんでしょうね。
亡くなるとき、まだ生きようとしている主人の目を私の手で閉じるのがとてもつらかった。実はね、あまりに悲しくて、命日の日付がわからなくなっちゃったんですよ」
言葉の端々から、勝さんへの深い愛情がにじむ。今では勝さんの遺影にその日の出来事を語りかけるのが、大切な日課になっているという。
「母は“中村鴈治郎の妻”として立派に生きました。私も“勝新太郎の妻”として立派に死にたいのですが、今の状態だとお迎えがまだまだ来そうにありません。今日も一日前を向いて、しっかり生きるしかないですね」
昭和から令和の現在も、時代をしっかり踏みしめて歩み続ける女優・中村玉緒。彼女の挑戦は、まだ続きそうだ。
《取材・文/大貫未来(清談社)》